another view - もう一つの視点

 お父さんが亡くなった。私を守って死んでしまった。お母さんは仕事におばあちゃんの世話に大変そうだ。涙を見せるわけにはいかない。私は地下室で過ごすようになった。みんな地下室は気味が悪いと言うけど、私は不思議と落ち着いた。鼎と描かれた女の人の絵も私を優しく見つめているように見えた。誰にも邪魔されずに読書にふけった。早くお母さんの力になれるように頑張ろうと思った。


 壁には「屋敷を守り続けよ」とあちこちに書かれていた。ご先祖様の言葉だろうか。

 私は変な金庫を見つけた。中に何が入っているか気になった。多分サイコロに意味があるんだろう。私は夢中になって、ダイヤルを回した。

 違う、これも違う、やっぱり違う。

 ある日、ふと見方を変えるとサイコロが違って見えることに気がついた。これだと閃いたダイヤルはやはりその通りで、扉はガチャっと音を立てて空いた。

 中に入っていたのは「重貞覚書」と書かれた表紙の書物が一冊だけだった。興味を覚えた私は自然とページをめくる。もともと読書は好きだったけど、ひどく読みにくい。色々調べたり、時には写真に撮ってネットの掲示板で質問してみたりもした。

 そこから分かったことは、重貞というご先祖様が想いを寄せる鼎という女の人と離れ離れになっているという無念だった。

 鼎の遺灰を重貞の墓に入れたらいいんだと思った。調べたら金沢の卯辰山に一本松というものがあることが分かった。どうしよう、私が一人で掘り起こせるものだろうか?

 私は考えた。そうだ! 警察だ! 死体が埋まっていると手紙を送れば、警察は掘り起こすはずだ。発見されれば、この覚書を見せて遺灰を引き取ることができるだろう。

 狙い通り警察は一本松を掘り起こしたということをニュースで知った。でも、何も埋まっておらずたちの悪いイタズラとして片付けられた。私は悲しくて思わず叫んだ。重貞ー!鼎ー!


 ごめん重貞。鼎は見つけられなかった。だけどもう一つの約束は守るよ。屋敷は絶対手放させない。

 近所でマンション建設が始まった。この屋敷にも成田組の人が用地買収の話を持ちかけにくるようになった。そんなこと許さない。

 私は地下室で過ごす時間が増えた。ある日、不思議なことが起きた。仏像の向きが変わっている。怖くはなかった。椅子に伝わる工事現場の振動がその原因だということはすぐにわかった。でも、他のものは何故動かないのだろう。ネットで調べてみると共振というものらしい。難しい話はよくわからないけど、要するに影響を受ける振動は物体の形状やサイズによって異なるということだ。一つお利口になった気がした。


 ある日、前田建設の社長を名乗る人がおばあちゃんに会いに来た。襖越しに聞き耳を立てると、屋敷を工事すると聞こえた。そんなのダメ! 絶対に!

 でも、おばあちゃんとお母さんはその話に前向きだった。どうしよう、本当のことを言っても相手にされないだろう。そんな時、仏像が動く話を幽霊騒動にしたらどうだろうと考えた。でも、私が動かしていると思われたら何の意味もない。そんな時、サイコロの暗号を解いた時のことを思い出した。

 そうだ! 見方を変えたらいいんだ! 仏像も、肖像画も!

 そこで幽霊騒動を起こした。目論見通り、お母さんたちは社長の話を保留した。

 重貞、私守ったよ。いつまでも守ってあげる。お母さん怖がらせてごめんね。私が大人になったら全部話すから。


 安心したのも束の間、社長の関係者が三人やってきた。何故かはわからないけど、その中の明壁というお兄ちゃんには、言いようのない不安を覚えた。普通の大学生に見えるけど全てを暴かれそうな漠然とした不安が私を襲った。思わず叫んだ。


「何しにきた! 帰れ! お前らなんて呪われたらいいんだ!」


 その後も、ちょくちょく様子を伺った。私の心の中のシグナルが危険を知らせる。

 お母さんのスマホのボタンにワセリンを塗った。お母さんは認証できないことに気づき、画面を綺麗に拭いた。指についたワセリンは簡単には拭き取れず認証はうまくいかない。お母さんは暗証番号を入力して電話をかけた。電話が終わるのを待って私はスマホを見た。暗証番号の数字の位置にハッキリと指紋があった。番号が全てわかれば、4 × 3 × 2でその組み合わせは24通りに絞れる。総当たりで調べようとおもったら意外にも早く解除できた。明壁 信の登録を探してメールした。


 “ス殺バネラ去ニグス”


 お姉ちゃんは怖がっていたけど、やっぱりお兄ちゃんは騙せなかった。

「だってスマホだよ? うちのおばあちゃんでさえメールなんて打てないのに、スマホなんてなかった時代の幽霊の方が使えるなんてバカげてるよ」

 しまった逆効果だった。お兄ちゃんには手を出さない方がいい、お姉ちゃんを怖がらせて追い出そう。

 私は自分の部屋の窓を開けて、お姉ちゃんの部屋の窓に振動スピーカーをつけた。更なる幽霊騒動が必要になった時のためにネットで買っておいたものだ。これをつけた窓や壁はそれ自体がスピーカーになる。

 消灯時間を待ってネットで拾ったフリー素材の音声を流した。


「殺す、殺す」


 お姉ちゃんは悲鳴を上げた。私はコードを引っ張ってスピーカーを回収して、襖をあけた。お姉ちゃんは頭を抱えて震えていた。

 お姉ちゃんごめんね。私は誰も傷つけたくないの。だからお願い早く出ていって。


 でも、みんな出ていかなかった。それに備えてもう一つの演出を用意しておいてよかった。防火水槽の水で地下室を水浸しにしておいた。きっと今頃驚いているだろう。

 お母さんのスマホが鳴った。どうやら地下室の件を話しているようだ。大樹というおじさんが慌てて走っていった。その手に握られているあれは、まさか。


 落ち着かない気分のなか、ただ時間が過ぎるのを待った。

 そして大樹おじさんが戻ってきた。

「皆さん、地下室に来てください」

 バレた? そんなはずは無い。自分にそう言い聞かせて平静を装い地下室へと入った。


「はい、幽霊の正体が分かりました。その目的も」


 ゆっくりこっちに近づいてくる。

 ダメ、来ないで。私はこの屋敷を守らないといけないの。お願い!


「幽霊は君だね、香澄ちゃん」


「重貞ー、鼎ー、ごめーん守れなかった」

 私は泣き崩れた。

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