2日目

 あれから何ごともなく朝を迎えた。襖を閉めて朝の身支度を済ませたあと、僕たちは朝食の用意がしてある広間に集まった。

「昨日はごめんなさい」ヒナが謝る。

「謝ることないよ。怖かったらヒナはここで待ってていいから」

「うーうん、私もやる。幽霊なんて出たら私を驚かせた罪で張り倒してやるんだから」

 ヒナにいつもの調子が戻った。

「よし、じゃあ地下室に行くぞ」大樹さんの号令で僕たちは立ち上がる。

 中庭に出て離れの前に来た時、ヒナが不思議そうに声を上げた。

「あれ? 防火水槽の水がない?」

 そう言われて覗きこむと、確かに水はほとんどなく、底には排水口のようなものはない。とりあえず、僕らは地下室に降りると再びヒナが漏らす。

「な、に、これ?」

 床一面水浸しになっていた。

「防火水槽の水ってことか! でもあのサイズなら200リットルはあるぞ。バケツ一杯に10リットル10キロとしても、この狭く急な階段を20回も往復したということか?」

 僕はとりあえず女将に電話をかけて事情を説明した。

 足元に気をつけながら金庫へと辿り着く。

 金庫を正面から見て、あの時のヒナの言葉『あんな一面があったのね』にひっかかりを覚えた理由が分かった。

「一面だけ見たらダメなんだ」

「あっくん、どういう意味?」

「サイコロの側面を正面から見るんだ。サイコロは裏と表を足すと7になる。上面が1なら底面は6」

「私それ知ってる」

「つまり側面は、2, 3, 4, 5の4通り、上面が6パターンあるわけだから、6×4で24通りになる。干支の数と左右の組み合わせがピッタリ収まるんだ」

「それで具体的にどうする?」大樹さんが聞く。

「サイコロの上面を”目1”とし、側面を小さい順に1から4に換算し、”目2”とします。あとは、(目1−1)×4+目2で、1から24の数字が得られます」

「うわー、私数字苦手」

「僕の方で変換するから大丈夫だよ。文は右から書かれているから、サイコロも右から見る。左右ではなく、右左と書いてあったのは1から12は右回し、それ以外は左回しと言うことかと思う」

 その考えの元、僕はサイコロの目を変換してメモに書きとる。

“右申、左未、右卯、左辰、右辰”僕はダイヤルを回してノブを捻った。

「ガチャ」扉が開いた。

「やったな」と大樹さんが声を上げる。

「あっくん、何が入っているの?」

 そこに入っていたのは、『重貞覚書』と書かれた古い書物と、真新しい大学ノートだった。

 慎重に書物を開くと保存状態は良いようだ。それでもところどころ掠れて読めない部分がある。加えて古い書体のためひどく読みにくい。

「東なら読めると思うぞ」大樹さんが言う。

 僕は女将に電話をかけ、事情を説明した。大女将に書物の持ち出し許可を得て大樹さんに言う。

「とりあえずPDFにとって東さんに送信してもらえませんか?」

「まかせろ、今から行ってくる」そう言って大樹さんは地下室を出て行った。

 僕はおもむろにノートを開いた。


“鼎は熊本から走って加賀に逃げ込んだ。重貞と暮らす。子供が産まれた。弥太郎。鼎死ぬ。遺灰は加賀の一本松に埋めた。重貞加賀に戻る。地下室で暮らす。鼎に会いたい。”


 どうやら、香澄ちゃんが覚書を解読してノートに書き写したもののようだ。

「これって、やっぱり鼎さんと重貞さんはそういう関係だったということね」

 僕は改めて仏像と肖像画に目を向ける。不意にまた、ヒナの言葉が頭をよぎる『蒼太さんて、もっと冷たい人と思いこんでた』」

「そうか、思いこみだったんだ」僕はひとりごちた。

「何か分かったの?」

「仏像のからくりが分かった」

「本当?どういうこと?」

「もう少しで全てが繋がる。ちょっと考えさせて」


•香澄ちゃんは重貞覚書を読んだ

•加賀の一本松に死体が埋まっている怪文書

•成田組が近隣の工事を始めた

•仏像が香澄ちゃんのいない時に肖像画を見る

•地下室の壁に空いたネジ穴

•女将のスマホについた粘着物

•香澄ちゃんはネット通販を利用する

•窓からの声

•荒らされた物置

•水浸しの地下室

•鼎は熊本から加賀まで走った?

•加賀で暮らしていた重貞が加賀に戻った?

•加賀の一本松には何も埋まっていなかった


 頭の中を閃光が走った。全てが繋がった。


「おい信、みんなを連れてきたぞ。お前のことだ全部わかったんだろ?」大樹さんがみんなを連れて戻ってきた。

「大女将にはビデオ通話で様子を伝えます」女将はそう言ってスマホを取り出した。


「はい、幽霊の正体が分かりました。その目的も」






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