「無駄足だったな」バックミラー越しに大樹さんは僕を見て言う。

「そんなことはありません」

「あっくん、何か分かったの?」

「重貞さんは、大女将も住職も勘当されたのだろうと言っています。鼎さんについては、壁にある肖像画という情報しかありません。そもそも実在していたかどうかも現段階ではわからないのです」

「そうね」

「じゃあなぜ、香澄ちゃんは二人の名前を泣きながら叫んだんでしょう? あの子は二人の関係性を知っているようにみえます」

「幽霊と話したってこと?」

「ひとまずそうでないと考える。それなら香澄ちゃんはあの地下室でそれを知ったのではないかと思う」

「そうか、そこに書かれていた史実を知って性格が変わったのかもしれないな」

「そうですね。本の類は損傷が激しく読める状態ではありませんでした。でも、それがあの金庫のような箱に入れられていたなら、判読可能な状態で保存されているのかもしれません」

「って言うと、香澄ちゃんはあの金庫の開け方を知っているってことよね?」

「おそらく」

「私、香澄ちゃんに聞いてみようかな?」

「あの状態だと難しそうだね。屋敷を守り続けよという落書きがあったけど、金庫に入っているかもしれない文書Xに同様の内容が書かれているとしたら、…」

「俺たちはそれを脅かす不穏分子ということか」

「そうです。そう仮定すれば、香澄ちゃんのあの態度は説明がつきそうです」

「だけど信、そうだとしても仏像の謎はどうする?香澄ちゃんが”いない時だけ”動いているんだぞ」

「有力な仮説を立てても望んだ結論に至らないのは、そもそもの前提が間違っているのかもしれません」

 しばしの沈黙のあと僕は続ける。

「香澄ちゃんがあの金庫を開けることができたなら、あのサイコロがその方法を示していると考えるのが自然です」

 僕はスマホを取り出しサイコロの写真を表示した。ヒナの言う通りサイコロの表現パターンは9通り。何か見落としがあるのかと思ったがいくら写真を見てもわからなかった。


 辻呉服店に着いた時には、5時を回っていた。玄関をくぐると、市原さんが慌てた様子で僕たちを出迎えにきた。

「何かあったんですか?」ヒナが尋ねる。

「物置が荒らされていたんです」

「それって強盗じゃないですか?」ヒナが不安そうにいう。

「いえ、中庭の手入れをする道具を入れているだけです。今確認が終わったんですが、何も盗られていないようなんです」

「一体誰が」大樹さんが声を上げる。

「大方、蒼太様の仕業ですよ。金目の物を隠しているとでも思ったんでしょう。まだ屋敷の中をウロウロしてましたから」

「まだいたんだ」ヒナが驚く。

「さぁお疲れでしょう。お部屋にご案内します」

 僕たちは市原さんの案内で客間のある二階へと上がる。途中障子が開き、中から蒼太さんが出てきた。

「おじちゃんバイバーイ」そう言って後を追い出てきたのは香澄ちゃんだった。

「おう、またな」蒼太さんは僕らに見向きもせず去っていった。

 香澄ちゃんは僕たちに気づくと、さっきまでの笑顔は一瞬で消えた。

「出てけ!」そう叫んでピシャリと障子を閉めた。

「とりつく島もないな」大樹さんが思わず漏らす。

「申し訳ないことです」市原さんが謝る。

「そんな、市原さんが謝ることなんてないですよ。でもあの二人が仲良いなんてすごく意外。私蒼太さんって冷たい人と思いこんでた。あんな一面があったのね」

 ヒナの言葉に引っかかりを感じた。

「香澄様はパソコンも好きで、蒼太様にああやって教えてもらっているようですよ」

 僕たちは香澄ちゃんの部屋を通り過ぎて隣の部屋で足を止めた。

「松島様はこちらの部屋をお使いください。小林様と明壁様はそのお隣の部屋をご用意しております」

「ありがとうございます」僕たちは答える。

「お風呂の準備ができております。広間の奥の廊下を進んだ先にありますのでご利用下さい。夕食は広間にご用意しておきますので、ごゆっくり」

「何から何まですいません」大樹さんがそう言って僕らは頭を下げた。

 一旦ヒナと別れてお風呂を済ませた後、夕食で再び広間に三人で集まった。

「あっくん、全然進まないね」

「そんなことはないよ。大分煮詰まってきたと思う。何かのきっかけで一気に解決するかもしれない。でも、金庫を開けてみないことには条件不足のままだろうね」

「明日もう一度地下室に行くぞ」と大樹さん。

 食事を終えて部屋に戻り消灯時間を迎え、あたりは静寂に包まれる。

「きゃあー!」ヒナの悲鳴を聞いて僕らは飛び起きた。ヒナの部屋とは襖で仕切られている。

「ヒナ、大丈夫? 入るよ」そう言って僕は襖を開けて部屋に入ると、布団の上で頭を抱えて座り込むヒナの姿があった。

 香澄ちゃんもヒナとの部屋を仕切る襖を開けてこちらを見ている。

「何があった!」大樹さんが声を上げる。

「声が、声が」そう言って窓を指さす。

 動揺しているヒナが落ち着くのを待ってから僕は聞く。

「もう大丈夫、落ち着いて。何があったの?」

「窓の外から何か聞こえた気がして、私カーテンを開けてみたの。そしたら何もなかったのに、窓からはっきり聞こえたの『殺す、殺す』って」

「二階だぞここ」大樹さんが言う。

 僕は窓の外を確認したが何もなかった。

「私怖いよ。やっぱり本当に幽霊なんじゃないの」ヒナが怯えて言う。

「大丈夫、襖は開けておくよ。隣に僕たちがいる。だから安心して休んでいいんだよ」

 ヒナは無言で頷いた。ピシャリと香澄ちゃんが襖を閉じた。

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