愛染院

 愛染院に向かう途中で、仏花、線香とお供え物を買い込んだ。

 歴史ある名刹めいさつの風格漂う佇まいではあるが、観光地化していない落ち着きのあるお寺だった。

 山門に続く階段を登り境内けいだいへと足を踏み入れる。

 大女将の方から住職に話を通しておいてもらえるとのことだったので、僕らはお墓に行く前に本堂へと立ち寄った。

「ようこそお越しくださいました。絹代さんよりお話しを伺っております。どうぞこちらにお上がり下さい」

 僕らは案内された部屋で腰を下ろす。

「どうぞ」と言って住職はお茶を出してくれた。

「重貞さんのことについて分かっていることを教えて頂けませんか?」僕は住職に問いかける。

「記録の方を確認したのですが、はっきりわかっていることは明治39年に納骨されていると言うことです。それ以外の記録は残っておりません」

「そんなー」ヒナが残念そうな声を上げる。

「ただ、……」住職は複雑な表情で続ける。

「憶測で申し上げることははばかられるのですが、絹代さんより出来る限りの協力をしてほしいとお願いされていますので、敢えてお伝えします」

「ありがとうございます。何でもいいんでお願いします」僕たちは住職にすがった。

「寺に伝わる伝承というか、噂のような話なんですが、重貞様は辻家を勘当された身であると」

「大女将もそんなこと言ってたわね」

「それでも、亡くなった時はせめて墓に入れてやろうという親心だと聞いております。しかし死しても勘当が解かれることはなく菩提寺ではなくこちらに納骨されたと言う話です」

「勘当の理由は伝えられているのですか?」僕は尋ねる。

「残念ながら、そこまでは」

「では、鼎と言う名前をご存知ですか?」と大樹さんが問う。

「鼎、ですか?」住職は眉をひそめる。

「どういった方でしょう?お聞きしたことがありませんが」

「それがまだわからないんですが、何か関係があるかと思いまして」大樹さんが残念そうに答えた。

「左様でございますか。いやはやお力になれず」

「僕は辻家でお祓いをしたという話を聞いたのですが、もしかしてこちらで行われたのでしょうか?」

「いえ、そのようなことはこちらではしておりません。あなたたちがお越しになったということは、お祓いしたあとも解決しない問題があるということでしょうか」

「そうなんですよ、もしそれが幽霊の仕業だとして、お祓いで成仏しないものですか?」とヒナが聞く。

「そうですなぁ、お答えしにくいですが、それはそもそも幽霊の仕業ではないか、幽霊の仕業であるなら、余程強い想いがあるのでしょうなぁ」

「そうですか、お話ありがとうございました」僕たちは住職にお礼を言った。

「それでは、お墓にご案内いたします」

 僕たちは灯篭が並ぶ道を進み、重貞さんのお墓へと辿りついた。掃除して花を供え線香をあげる。手を合わせ成仏することを願った。

 僕たちは踵を返す。

「色々お話しありがとうございました」ヒナがそう言い僕たちは住職に頭を下げた。

「またいつでもいらして下さい。私どもの方でも何か分かりましたら絹代さんへご連絡いたします」住職は手を合わせて一礼した。

 僕たちは愛染院を後にした。

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