広間

 怯えるヒナをなだめて、落ち着いたところで僕たちは屋敷に戻った。

 広間へと続く廊下を歩いていると、女将に出くわした。僕は事情を説明し、先ほどのメールを女将に見せた。

「私ではありません」と女将は顔をひきつらせた。

「スマホはどうしてました?」と僕が尋ねると女将は眉をひそめて答えた。

「それが、鞄に入れて机の上に置いていたのです」

「何か気づいたことは?」続け様に僕は聞く。

「そうですね、さっきスマホのロックを解除しようとした時、ボタンに何か粘ついたものが付着していました。気持ち悪くてすぐに拭きとりました」

「それで指紋を採取されたのかもな」大樹さんが言う。

 奥から香澄ちゃんが走ってきて女将の背後で裾を掴んで立つ。相変わらず、僕たちに向ける視線は厳しい。

「ただ、このメールは思わぬ収穫だね。少なくともこれは幽霊の仕業なんかじゃない」僕は自信を持って言った。

「何で?」とヒナ。

「だってスマホだよ? うちのおばあちゃんでさえメールなんて打てないのに、スマホなんてなかった時代の幽霊の方が使えるなんてバカげてるよ」

 ヒナの顔に笑顔が戻った。

「それもそうね。あー、安心したらお腹空いちゃった」

「昼食の準備ができておりますので、どうぞお召し上がりください」女将も笑顔で応える。

 僕たちは用意してあったお弁当とお茶をいただき、人心地ついた。

「俺の考えを言っていいか?」大樹さんがそう切り出した。

「お願いします」と僕は促した。

「まず、幽霊などいないとして考える。そして幽霊騒ぎが人為的なものであるなら、犯人は関係者であるものとする。無関係な人間がこんな手の込んだことをする理由がないからな」

 大樹さんはお茶を啜る。

「関係者なら、まず大女将が除外される。あの身体でこんな真似はできない。そもそも、プロジェクトを阻止するのが目的なら、社長の提案を初めから受けなければいい話だ」

 大樹さんは僕らの反応を確認し続ける。

「次に除外されるのは香澄ちゃんだな。仏像のトリックはわからないが、香澄ちゃんがいない時だけ動くなら物理的に不可能だ」

「そうね」ヒナが頷いた。

「そうなると蒼太が怪しいわけだが、そんなことをするメリットがない。プロジェクトが中止になっても、この屋敷は女将のものだ。仮に女将を幽霊騒動で追い出そうとしても、屋敷を売り払った金は女将のものになるだろうしな」

 足が痺れたのか大樹さんは足を崩した。

「大穴は家政婦たちだ。プロジェクトが始まって解雇されることを恐れての行動と言えなくもないが、いずれにせよ店を畳むことになれば同じことだろう」

「そうですね」と僕は相槌を打つ。

「いや、大穴中の大穴は女将だ。俺にはあれが演技だとは思えない。もし縁起なら主演女優賞ものだ。それに香澄ちゃんをかつてのように戻したいなら幽霊騒動は逆効果だ」

 大樹さんは一旦間を開ける。

「となるとだ」大樹さんが結論に向かう。

「成田組のセンもあるんじゃ無いかと思う」

「でも、幽霊騒動でプロジェクトが中止になったら、その後に成田組がマンション計画をオファーしても断られるんじゃない?」ヒナが大樹さんに聞く。

「もし、幽霊騒動が成田組の仕業なら、奴らが除霊することができたら契約させて下さいと言って訪問に来たらどうだ?」

「もともと自分達がやっていたことなら、心霊現象は止まる。そして契約を取り付ける。筋は通りますね」と僕は答える。

「だろ?」

「でも、疑問は残りますね。メールの件は成田組には難しいと思います。もう現場は連休に入っているようですし、僕のスマホにメールを送るなんて発想はそもそも起きないでしょう」

「そこなんだよな」

「これらは別々の目的を持った犯人の仕業なのか、それとも複数犯なのかもしれません」

「社長の時みたいに全員グルだったりして」ヒナが僕を見て言う。

「そうなると結局、大女将が初めから社長の提案を断れば済むってことになるよ」

「あ、そっかー」

「それでだ、幽霊の仕業だとするとどうだ。例えば重貞は鼎と叶わぬ恋をした。それを認めない親は重貞を地下の座敷牢に幽閉した。閉じ込められた重貞は鼎の絵を描いて想い続けたとかな。それで重貞の霊が仏像に宿って肖像画を見るようになった」

「怖いー怖いー」ヒナが耳を塞ぐ。

「信、お前の考えを聞かせてくれ」

「そうですね。仏像のトリックはあたりがついているんですが、……」

「おい、マジか!」

「まだ仮説の段階です。完全には説明がつきません。何故香澄ちゃんのいない時だけ動くのか、そして鼎さんの肖像画にピッタリ視線を合わせる点が疑問なんです。そうなるとそもそもの仮説が間違っているのかもしれません」

「私、気になったんだけど、メールを送ったのが女将じゃないとして、そうなると指紋認証をどうするかよね。あ、もしかしてネバネバで指紋を採取したとか?」

「それはないと思うぞ。指紋の型を取ったとして樹脂かなんかを流し込んでる暇はなかっただろうしな」大樹さんが否定する。

「ダメかー、じゃあ蒼太さんの仕業とか?IT系なんだから、ハッキングって言うんだっけ? リモート操作したみたいな」

「僕はあまり詳しくないけど、リモート操作するにも対象の機器を設定する必要があると思う」

「手詰まりね」

「僕が気になっているのはあの金庫のような物です。あれを開けることができれば何か分かるかも知れません」

 僕はスマホを取り出し、天板の写真を表示した。

「あれ?」ヒナが声を上げる。

「どうしたの?」

「関係ないかもしれないけど、私サイコロの面って6通りだと思ってた」

「思ってたって、実際そうだろ」大樹さんが言う。

「違うの、見てホラ。2は点が右下がり、3は左下がりになってる。それに6も3個の点の並びが縦と横の2通りあるってことじゃない?ってことは、9通りのパターンがあることにならない?」

「確かに。でもダイヤルは12通り、右と左の指定を加えるなら24通り必要ということになる。9通りではどちらにしても足りないね」

「私全然わかんなーい」

「でも、ヒナの考え方は何か合ってる気がする。まだわからないけど」

「あと、香澄ちゃんは重貞って叫んでたのよね。大女将でも調べないとわからないことをどうやって知ったのかしら?」

「そうだね、お墓も菩提寺じゃないならお墓参りで知ったわけでもないだろうし」

「ねぇ、重貞さんのお墓行ってみない?何か分かるかもよ」

「そうだね」僕は女将に電話して、お墓のある場所を教えてもらった。

「よし行くか。待ってろ、車を取ってくる」


 僕らは重貞さんの眠る愛染院へと向かった。

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