地下室

「お待たせ致しました」女将が戻ってきた。その後で隠れるように香澄ちゃんがこちらを見ている。

「地下室に案内してもらっても良いですか?」と僕は聞いた。

「家政婦の市原に案内させます。ごめんなさい、私あそこは苦手で」

「大丈夫です。あとケータイの番号と、メールアドレスを教えて頂けますか。広いお屋敷なので急な連絡時に備えてお互い知っていた方がいいと思います」

「そうですね」女将はスマホを取り出して、指紋認証でロックを解除し、連絡先を交換した。

「相変わらずしけた家だな」女将の背後から声が聞こえた。女将が振り返る。

「蒼太さん、まだいらっしゃったんですか」敬語ではあるが、その語気には強い不快感がみてとれた。

「言われなくても出て行くさ。金がないならこんな家用無しだ。じゃあな」蒼太は吐き捨てるように言った。

「本当にすみません。私あの人が許せなくて」女将は僕らにそう言って謝る。

「どうぞお気になさらず」大樹さんが気遣いの言葉をかける。

「ほら、香澄もお兄さんたちに謝りなさい」

 香澄ちゃんは僕たちをじっと見据えた後立ち去っていった。

「あの子ったら」女将が溜息をついた。

「私がいけないんです。父を失ったというのに、私が仕事ばかりでかまってあげられなくて。以前はあんな子じゃなかったんです。よく笑う本当にいい子だったのに」女将の頬に涙がつたった。

「ごめんなさい、市原を呼んで参ります」

 女将は涙をハンカチで拭いながら部屋を出て行った。

「女将さんかわいそうね」

「亭主を亡くして、子供は早すぎる反抗期、心の支えの大女将は病床に伏せってる。神も仏も無いな」大樹さんがしみじみ言う。


「失礼致します」最初に案内してくれた家政婦さんが入ってきた。この人が市原さんか。

「地下室へとご案内します」そう言って僕らを先導する。

「市原さんは長いんですか?」ヒナが尋ねる。

「そうですね、30年くらいでしょうかねぇ」

「市原さんから見てここの家族はどう見えますか?」続いて僕が質問する。

「ご覧になった通りですよ。身寄りのなかった女将を亡き主人あるじが見初めましてね、大女将はそれを受け入れて女将を熱心に指導なされたんです。それは時に厳しいものではありましたが、実の娘のように扱っておりました。それにひきかえ、……」市原さんの表情が曇る。

「蒼太様ときたら。あの方は大女将が倒れた時でさえ駆けつけなかったのに、来たら来たで金、金、金ですよ。困ったものです」

 僕らは中庭を進み、離れの建物の前で足を止めた。

「こちらです」

 入り口の隣には石を切り出した風呂桶くらいの防火水槽が雨水をたたえていた。

 市原さんは鍵を回して扉を開けた。

「足元お気をつけて」

 狭く急な造りの階段を抜けるとビデオで見たあの部屋がそのまま眼前に広がった。

「調べさせてもらってもよいですか?」僕は市原さんに尋ねる。

「どうぞご自由に」

 僕はまずくだんの仏像を調べた。傾けて底面を覗いてみたが何もおかしなところはない。そして仏像が視線を向ける絵画の前へと足を運ぶ。「鼎」と書かれたその肖像画はどこか悲しそうな表情にみえた。

「あれ? 何この穴?」西側の壁を見てヒナが声を上げる。

 ヒナに駆け寄り見てみると、確かにそこにはネジ穴のようなものが空いていた。

「多分、絵画か掛け軸か何かが掛かっていたんだと思います。きっと蒼太様ですよ。金目の物を持ち出して売り払ったのだと思いますよ」

「何か出そうで怖いね」ヒナが怯える。

「こっちにもなんかあるぞ」大樹さんが僕たちを呼ぶ。

 干支を表す漢字が書かれたダイヤルを備えた金庫のようなもので、天板の上にはこのように書かれていた。

「ス回ニ左右」

その文の下には手作りのサイコロが5個横一例に並べられている。

 その目は、「2, 5, 1, 6, 3」

 サイコロを触ってみたが何かで貼り付けてあるようで動かない。

「ああ、それは金庫でしょうね。以前鍵士の方を呼んで開けようという話もあったのですが、価値ある品々は蔵に収められているので大したものは入って無いだろうと言って立ち消えになりました」

「あっくん、これ右から読むの?」

「多分そう。昔は、横書きは右から読むものだったはずだけど、それだと左右じゃなくて右左になっちゃうね」

 僕はとりあえず金庫の天板を真上からカメラに収めた。

 干支の始まりである「子」に合わせてサイコロの示す数だけ右左交互に回してみたが、やはり開かない。

「関係あるかわからないけど、いずれにしても後回しだね」


「あら、香澄お嬢さん。いらしたんですか」市原さんが階段を見て声を上げた。

 香澄ちゃんは僕らをじっと見ていた。

 いつからいたのだろう?

「香澄ちゃん、お姉ちゃんとお話ししない?」ヒナが声をかける。

「出てけ!」香澄ちゃんはそう言って走りさった。

「ごめんなさい。香澄お嬢さんも以前は明るくていい子だったんですが、ここに来るようになってからなんですよ。ああなってしまったのは」

「僕も女将さんからそう聞きました」

「あのう、私もそろそろよろしいでしょうか? 以前は何ともなかったんですが、幽霊騒動以降気味が悪くて」市原さんが怯えた表情を見せた。

「分かりました、あとは僕たちで調べます」

「それでは鍵をお渡ししておきますのでご用の際はいつでも調べて下さって結構です」

「ありがとうございます」僕は鍵を受け取った。

「ここの鍵はこれだけですか?」

「女将と蒼太様もお待ちです。女将は香澄お嬢さんに渡しているかと思います」

「そうですか」と僕は答えた。

「それでは失礼します。お昼に食事をご用意しておきますので、お手隙の際に広間にお立ち寄りください」

「わざわざすいません」大樹さんがお礼を言う。

 僕たちは、その後も部屋を隅々まで調べた。壁のあちこちに「屋敷ヲ守リ続ケヨ」と縦書きで書いてある。社長が言っていたのはこれだろう。それ以外に変わったものはない。抜け道らしきものも見当たらない。本が置かれているが、保存状態が良くないので読めはしない。新しい本がいくつかあるが、それらは香澄ちゃんが持ち込んだものだろう。ここで本を読んで過ごしているということか。

 その時、メールの着信を知らせるアラームが鳴った。僕はメールを開きヒナが覗きこむ。

 “ス殺バネラ去ニグス”

「きゃー」ヒナが悲鳴を上げる。

 大樹さんも確認する。


差出人は女将になっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る