プロジェクト

「例のプロジェクト?」ヒナが不思議そうに声を上げる。

「詳しいことは部屋で話そう」社長は再び応接室へと僕らを案内した。

 僕たちはソファーに腰掛けて社長の言葉を待つ。

「加賀に辻呉服店という由緒ある呉服屋があってな、三年前に主人あるじが交通事故でなくなって、今は女将が切り盛りしている」

「加賀って、最近ニュースでやってましたよね。加賀の一本松の下に死体が埋まっているという怪文書が警察に届いたとかいう」ヒナが言う。

「あんなものはタチの悪いイタズラだ。実際警察が掘り起こしてみたが何も発見されなかったそうだ」

閑話休題かんわきゅうだいだ」社長が姿勢を直す。

「先祖代々守り続けてきた老舗なんだが、大女将は体が不自由で、職人も高齢化が進み、続けていくのが難しい状態になっている」

「主人に兄弟はいないんですか?」と僕。

「兄がいるんだが、いわゆるITベンチャーというやつで、継ぐ気がないどころかことあるごとに金の無心にくるそうだ」

「よくありそうな話ね」とヒナが僕に言う。

「私は大女将とは古い付き合いでな、『ご先祖様には申し訳ないが、これ以上女将一人に全てを背負わすのは忍びない。信用のおける売却先を紹介してほしい』と相談を受けた」

「あの、ビジネスの話は僕ら門外漢なんですが、お手伝いできることなんてあるんですか?」僕は思っていた疑問を口にした。

「頼みたいのはそこじゃないんだ。まぁ最後まで聞いてくれ」大樹さんが口を挟む。

「呉服屋の敷地は広大で、私は屋敷を可能な限り活かして複合商業施設にしたらどうかと提案した」

 社長は慎重に言葉を選んで続けた。

「一方で成田組は周辺一帯にマンションを建設する計画を進めている。すでに近隣で建設が始まっていて、大女将のところにも売却を打診にきたそうだ」

「成田組って何?」ヒナが僕に耳打ちする。

「北陸の現業界トップだ」大樹さんが言いにくそうに言う。

「だが大女将は私に義理立して断った」

 社長は湯呑みを手に取りお茶を啜った。

「君たちも鼓門を見ただろう。あれは実に素晴らしい。悠久の時を経たかのような存在感を放つ現代建築の傑作だ。私は歴史的建造物と現代建築の融合を目指している。そしてこの地にはそれを受け入れる風土があると確信している」

「お土産屋とか、カフェとかレストランのテナントということですか?」ヒナが尋ねる。

「そういうことだ。仕立てができなくとも反物たんものを扱って必要であれば馴染みの仕立て屋を紹介すればいい。一部をマンションにすれば女将たちも住む場所を奪われないですむし、ご先祖様にも顔向けがたつだろうとな」

「僕はいい考えだと思うんですが、大女将たちはなんと?」

「喜んでくれたよ。それでこの部署を設けてプロジェクトを始動しようとしていたんだが、おかしなことが起きるようになった」

「おかしなこと?」ヒナと僕は口を揃えて聞く。

 社長は顎の前で両手を組み、真っ直ぐに僕を見つめて言った。

「心霊現象だ」

「心霊現象? 一体何が?」僕は眉をひそめた。

「屋敷の地下に座敷牢のような部屋があるのだが、そこにある仏像がひとりでに向きを変えるそうだ。何度なおしても同じ方向を向く。そして仏像の視線の先にはかなえと書かれた女性の絵が掛かっている」

「怖!その鼎さんというのは一族の方なんですか?」ヒナが反応する。

「いや、家系図を調べてみたが、そこに鼎という名はなかった。その部屋を調べてみると、あちこちに『屋敷を守り続けよ』との旨書かれていた」大樹さんが答える。

「それで、大女将もご先祖様の怒りに触れたのではないかと、躊躇してしまってプロジェクトは中断している」

「つまりだ、お前たちにこの心霊現象のカラクリを暴いてほしいというわけだ。忙しいとこ悪いが、延長戦って事で頼めないか?」大樹さんが申し訳なさそうに言う。

「忙しくはないけど、私ちょっと怖いかも」

「僕は興味があります。タイムリミットは?」

「3日だ」社長が答える。

「でも大樹さん、わかってますよね。保証はできませんよ」

「わかっている。頼むぞ」

 東さんたちの依頼を片付けて息つく暇もなく僕たちは新たな謎に直面した。


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