告白

「つまり」社長が痺れを切らしたように言う。

「君はここにいる15人の事務員の中に真犯人がいると言っているのか」社長の声は威圧感ともいえる凄みを帯びていた。

「いえ、その中にはいないと思います」

「話にならないな」社長は大きくかぶりを振った。

「社長、応接室で僕が言ったことを覚えていますか?」

 社長は沈黙し、記憶を手繰っているようだった。

「『全てのサンプルデータを採取し終わった』です。社長の歩幅も解析させていただきました」

 はっとする社長をよそに僕は続ける。

「僕は皆さんに質問内容を口外しないよう口止めしました。あなたは気になったはずです、そして事務員に問い詰めると思いました。口止めされていても社長から聞かれれば言わないわけにはいかない。それに、どうでもいいような質問だから事務員の方も喋っても問題ないと考えたと思います」

「私言っちゃった」H子が答える。

「聞き出せたところで、質問の意図は見えない。そこで自らの目で確認しに来ると考えたわけです。でも、事務員に問いただしたとは言えないので当たり障りのないことしかあなたは聞かなかった」

「なるほど、私に直接歩幅を測らせてくれと頼めば、誤魔化されると考えての仕掛けだったわけか」

「え、それじゃあ」大樹さんが信じられないとでもいうような目で言う。

「そう、犯人は社長。いえ、全ては社長の狂言ということです」

「そんな、何のために」大樹さんは社長に向かって言う。

「これは僕の推測ですが、大樹さんは試されたんです」

「試された?」

「飛ぶ鳥落とす勢いのフォレストエステートと言っても、突然やってきたよそ者を無条件に受け入れられなかったということではないですか?」

 社長は天を仰いだあと、ゆっくりと僕に視線を移した。


「パチパチ」

 社長が拍手し始めた。やがて、他の事務員もそれに続き事務所は拍手の渦に包まれた。その中には中村さんの姿もあった。


「どういうことですか社長! 結子さんまで」大樹さんが声をあららげる。

「騙してすまなかった。明壁君の言う通りだ。私はかつて信用していた取引先に裏切られてな、それがきっかけで我が社の信用は失墜した。何とか業績を維持しようとやってきたが、人は守りにはいると現状維持すら難しくなる」

 社長は一呼吸おいて続ける。

「そこで小林君からの業務提携の話だ。チャンスだと思ったが、同じてつを踏むわけにはいかない、そのために小林 大樹という人間を見極めたかったというわけだ」

「だからって、結子さんも初めから全部知っててこんなことを」

 言葉に詰まる大樹さんに、結子さんは申し訳なさそうに俯いている。

「結子を責めんでやってくれ、全ては私の指示だ」

「え、結子って」大樹さんが呆気にとられる。

「結子は私の娘だ」

「大樹さんごめんなさい。私、本当は中村じゃなくて、前田 結子なんです。初めての取引先の方には血縁者であることを伏せているんです。そこに手心が加えられないように」

「私はな」社長が割って入る

「家庭を顧みず仕事一筋でやってきた。女房にはずいぶん苦労をかけた。それでも結子は私を慕い、就職先に我が社を選んだ」

 大樹さんは黙って聞いている。

「身勝手なことを言っているのは百も承知だ。私は、結子には、娘にはそんな思いをさせたくないと。もし、君が結子を見捨てて業務提携の話に飛びつくような男だったなら、その時は私がこの手で槍の又左またざよろしく君を一刺しにしていたところだ」

 社長は表情を和らげて言う。

「だが君は違った。結子のことを一番に考えてくれた。業務提携の話、結子ともどもよろしく頼むよ」

 しばしの沈黙のあと大樹さんが口を開く。


「社長、俺も嘘をついてました」

「実はこいつらはうちのもんじゃないんです。以前世話になった奴らで、助っ人なんですよ。今回の件で、結局俺は何もできなかった」

「そんなことは問題ではない。君が困っている時に力になってくれる人たちがいる。君は結子に寄り添ってくれた。そこが重要なんだ。いい仲間じゃないか」

「ありがとうございます」大樹さんは深々と頭を下げた。

「さぁ、業務提携の正式手続きといこう」社長は大樹さんの肩に手を置いた。

「はい」

「それと」社長は僕らに視線を移した。

「彼らにも例のプロジェクトの件で協力をお願いすることはできないだろうか?」



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