昼礼
集計したデータを表計算ソフトに入力して分析し、僕は一つの結論に至った。時計の針は12時10分を指している。
僕はスマホを手に取り大樹さんに電話をかける。
「大樹さん、中村さんを連れてきてもらっていいですか? 」
「わかったのか? それで?」
「全ては昼礼でお答えしますので、社長にもその旨連絡しておいてください」
「わかった」
ヒナがスマホをひったくる。
「大樹さーん、私お腹すいたー大至急ね」
「おお、わかった。すぐ行く」
ちょうど12時半になったところで大樹さんが中村さんを連れて戻って来た。
「これ、食べてください」中村さんがお弁当を手渡してくれた。
「いただきます」僕たちは声を揃えて受け取った。
「食いながらでいいから、聞かせてくれ。それでどうなんだ?」
「とりあえず今言えることは、中村さんは犯人ではないということです」
「やっぱりそうか。それで犯人の目星はついたのか?」
「はい」
「誰だ?」
「それはまだ言えないのですが」一旦僕は言葉を切った。
「大樹さん、僕はただの学生です。テレビや小説に出てくる名探偵ではありません。犯人が言い逃れできないように予め全ての逃げ道を塞いで追い詰めるなんて芸当はとても真似できません」
大樹さんたちは黙って聞いている。
「僕はいつも、集めた事実をもとに最もあり得そうな推論を立ててるだけです。双葉館の時でも、もしも相手がその推論を真向から否定したなら僕はそれ以上何も言えません。果たしてその答えに社長が満足するかは保証できないんです」
「何かと思えばそんなことか」大樹さんは笑った。
「お前が結子さんを無実だと言うなら俺はそれを信じる。社長が何と言おうと関係ない。東と梢には悪いが、社長が認めないなら業務提携の話はこちらから願い下げだ」
「大樹さん」中村さんが大樹さんを見つめる。
「もしもーしお二人さん。まだ終わってないですよー」ヒナが茶々を入れる。
二人は恥ずかしいそうに頬を染めた。
「キンコンカンコーン」昼礼を知らせるチャイムが鳴った。
「さぁ行きましょう」僕らは席を立った。
事務所に一同が会する。
「お忙しいところすいません。今から全て話ます。結論から言って中村さんは犯人ではありません」
「詳しく聞かせてもらおうか」社長が言った。
「はい、まず暗証番号ですが、これは社長のスマホのパスワードと同じです。スマホのパスワードは無警戒な人が結構多く、コンビニのレジとかでも後ろに人がいるのに平気で入力している光景を目にします。社長も写真を見せる時に僕に見える状態でロックを解除しました。そう言った人は一筆書きでなぞるような番号に設定しているので特に覚えやすいです」
社長は無言で顎に手を当てた。
「靴に関しても踵を踏み潰せば男性でも可能ですから、これで中村さんが犯人だと断定する理由が2つ消えました」
大樹さんの表情が明るくなった。
「あと現場に残された足跡についてですが、犯人の歩幅は平均64センチ。最低でも62センチありました。そこで比較するために中村さんの歩幅を計測しました」
「お前、いつの間に」大樹さんが驚きの声をあげる。
「兼六園ですよ。行ってみたかったのは本当ですけど、前日まで雨が降っていたから足跡も取りやすいなと思って」
「急にいなくなったと思ってたらそんなことしてたんだ」とヒナ。
「その結果、中村さんの歩幅は平均59センチ、標準偏差は0.8でした」
「すまないが、皆にもわかるように頼む」と社長。
「詳しく説明するとややこしいので、ざっくり要点だけ話します。標準偏差はσ(シグマ)で表されます。統計上、平均プラスマイナス3σの範囲に全体の99.7%のデータが収まると言われていて、言い換えると平均プラス3σ以上のデータは全体の0.3%、つまり中村さんが61.4センチ以上の歩幅で歩く確率は0.3%ということです」
「そんな法則があるのね」とヒナが言う。
「偏差値なら聞いたことがあるよね。あれと同じ。平均を50、標準偏差を10としたもので偏差値80以上は全体の0.15%という意味だよ」
皆が話についてきているか一呼吸おいて僕は続けた。
「計測した犯人の歩幅30件全てがそれ以上な訳ですから、中村さんが犯人ならその確率は0.15%の30乗です。普通に考えてあり得ません」
「わざと大幅で歩いたということはないかね?」社長が尋ねる。
「それなら、靴を偽装しないのは不自然です」
「確かにそうだが、だとすると犯人は誰なんだ?」大樹さんが僕に聞く。
「それを調べるために面談と称して皆さんの歩幅を計測させて頂きました。あの時の質問自体に意味はありません」
「大変だったんですよー。毎回廊下にモップかけてワックス塗るの」ヒナがぼやく。
「信、じゃあ真犯人は一体?」
大樹さんの声が事務所に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます