質問

「おはようございます」

 僕はそう言って、事務所の扉を開けた。

「おはよう明壁君、小林君から聞いたが面談をしたいそうだね。一体どんなものかね?」社長が答える。

「大したものではないです。お忙しいでしょうからお時間はとらせません。多分一人あたり2、3分見て貰えば充分です。名簿をお借りできますか?」

「用意しよう」

「大樹さんはとりあえず名簿を持って応接室で待機していてください。僕たちは例の部屋を調べます」

「わかった」大樹さんが頷いた。

 部屋の中は昨日のまま保存されている。社長にはセキュリティボックスに事件当時の暗証番号をセットしてロックするよう頼んでおいた。確認のためそのまま開けようとしたがやはり開かない。僕はあたりをつけていた番号を入力しエンターを押すと、予想通りロックが解除された。

「うそ!何でわかったの?」

「壁に耳あり障子に目あり。そういうわけで何か疑問に思ってもとりあえず後回しってことで。最後にまとめて説明するからさ。それにまだ、……」

「条件不足だ。でしょ?」

「そういうこと」

「うん、わかった。じゃあ次は?」

「犯人の歩幅を測ってくれるかな。つま先からつま先を測って読み上げていって欲しい」僕はそう言ってヒナにコンベックスを手渡す。

「ねぇあっくん、これ壊れてない?先端の金具グラグラなんだけど。これじゃあ正確に測れなくない?」

「それでいいんだよ。その金具の厚み分あそびがあるんだ。固定しちゃうと金具を引っ掛けて使う時と、押し当てて使う時で誤差が出ちゃうからさ。僕が測った方がいいね。読み上げるから僕のノートパソコンに入力しといて」

「了解」

 そうやって現場に残された犯人の歩幅を一つづつ記録した。

「これで最後ね」

「ありがとう。さてと、じゃあこれとこれを持って応接室に行こうかな」

 僕たちは部屋を出て、大樹さんの待つ応接室へと向かった。

「おお、どうだった?」扉を開けると大樹さんが開口一番にそう言った。

「順調です。大樹さん、今度は名簿を持って事務所に行ってもらえませんか?中村さんの席にでも待機してもらえたらいいんですけど」

「お前は名簿いらないのか?なんならコピーでも取っておくが。それにあれだろ、当日に部屋に入った女性スタッフが誰なのか確認してないよな」

「それは大丈夫です。僕は人の名前を覚えるのが苦手なので、僕の方では男性は名簿順に一郎、二郎、女性はA子、B子にでもしておきます。あとこれから全員と面談するわけですから、当日に誰が入室したかを確認する必要はありません。僕が大樹さんに電話しますんで、大樹さんはその都度事務員さんを名簿順にこっちへ送って欲しいんです。と言うことで、とりあえず5分経ったら一郎さんにここへ来るよう伝えてください」

「わかった」そう言って大樹さんは部屋を出て行った。

 僕らが準備を終えて程なく、一郎がやって来た。30代長身のスポーツマンタイプ。心なしか表情が硬い。これからどんなことを聞かれるのかあれこれ考えているのかも知れない。

「まず、これからあなたに一つだけ質問をします。質問内容はくれぐれも他言無用でお願いします」僕は一郎にそう説明した。

「はい」

「ではお尋ねします」

 一郎が姿勢を正す。昨日突然現れた得体の知れない若者に質問されるのは一体どんな心境だろうか。そんなことを考えながら僕は一郎に尋ねた。


「ワンちゃんは好きですか?」

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