兼六園

 中村さんとは兼六園の入り口で待ち合わせることになった。駐車場に車をとめて、僕たちは待ち合わせ場所へと向かう。

結子ゆうこさん!」大樹さんが声をかけた。

「大樹さん、そちらのお二人が例の」

「ああ、信と緋奈子だ」

「はじめまして」と僕とヒナは挨拶した。

「こんなところまでご足労かけてしまって申し訳ありません。中村 結子です。お二人のことは大樹さんからよく伺っています」

「ははぁ、そういうことか」ヒナがわけ知り顔で大樹さんを見る。

「な、何だ」それを見て大樹さんは狼狽うろたえる。

「すっごい美人ですね。それに下の名前で呼び合うなんて、も•し•や」

「ああ、もう! そうだ俺と結子さんは付き合ってる。悪いか!」

「それで、あっくんの提案を受け入れたんだー。兼六園でデートなんてステキですもんね」

「お前面白がってるだろ」

「いえいえ結構な事でございます。これは何としてでも潔白を証明せねばと思った所存でございます」ヒナが茶化す。

「お、おう」

 中村さんはおかしそうに笑みを見せた。

「とりあえず、早く中に入りましょう」と僕は皆をせかした。

「お前、観光目的じゃないよな」

 僕たちはこれまでの経緯いきさつを確認しながら庭園を歩く。根上がりの松、シンボルともいえる徽軫灯籠ことじとうろうが僕たちを迎える。

「凄いです!どこを見ても絵になりますね」その風景に感動して僕は思わず声をあげた。

「気に入ってもらえて嬉しいです。でも、ぜひ冬にも来て欲しいわ。雪吊りは本当に見事ですよ」

「雪吊りってなんですか?」とヒナが聞く。

「もともとは雪の重みで枝が折れないよう縄で固定するものなんですが、それ自体が芸術なんですよ」

「あっちの方が人少ないみたいですよ。行って見ましょう」と僕が指差す。

「あいつ、もしかして盆栽とか好きか?」大樹さんがヒナに尋ねる。

「あんなあっくん初めて見ました」

 人通りのない小径こみちを僕らは歩く。

「せっかく業務提携のお話がまとまりかけていたのに私のせいでごめんなさい」

「何を言ってるんだ! 結子さんのせいなんかじゃない」

「でも、私に関わっていると大樹さんにも迷惑がかかってしまうわ。今からでも遅くないと思うの。お願い大樹さん、私のことはいいから社長と業務提携の話を進めて」

「そんなことできるわけないだろ。大丈夫だ。俺たちが何とかする」

「ちょっとお二人さん、目の前でイチャイチャしないでもらえますか。ねー、あっくん。って、あれあっくん?」

「あいつどこ行った?」

「私、ケータイかけてみる」

「んー、留守電になっちゃった」緋奈子は電話を切った。

「大方庭園にはしゃいでるんだろ。そのうちひょっこり現れるさ」

 三人はゆっくり庭園を一周し出口にさしかかった所で信に再会した。

「あっくん、どこ行ってたの?」

「ごめんごめん、写真撮ってたらはぐれちゃって」

「お前、本当に大丈夫なんだろうな?」

 そのやりとりに中村さんはクスクス笑う。

「大樹さん、それじゃ私はここで失礼します。信さんと緋奈子さんもありがとうございます。よろしくお願いします」

 中村さんは深々と頭を下げて去っていった。

「4時半か。もう前田建設に戻っている時間はないな」大樹さんが呟く。

「大樹さん、社長に連絡してもらえませんか? あした事務員全員の面談をしたいと」

「お安いご用だ」

 大樹さんは社長に電話をかけて了承を得る。

「よし、じゃあ晩飯でも食いに行くか!」大樹さんに連れられ、僕たちは金沢の街へと繰り出した。


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