前田建設
僕たちは大樹さんの運転する車で前田建設へと向かう。
「そういえば、前田建設はまだ連休に入ってないんですか?」と僕は大樹さんに問いかける。
「ああ、明後日からだ。中村さんが犯人でないとしても内部犯だろう。連休に入ってしまえば、できることも限られる。それを暴くには猶予は今日を含めて実質2日と言うことだ。いけるか?」大樹さんがバックミラー越しに僕を見て言った。
「まだ条件不足で何とも言えませんが、やれるだけやってみます」
「すまんな」
気まずい沈黙が車内に立ちこめる。
駅から20分ほど車に揺られたところで、大樹さんが口を開いた。
「あそこだ」大樹さんは運転席から指差した。
業界トップ陥落とは言え、依然その勢力は大きいものであるということが窺い知れる規模だった。車はやがて大きな門へとさしかかる。
入門手続きを済ませ、僕たちは再び車で構内を進む。
「ここだ」
大樹さんの示した建物は、こぢんまりとした平屋でイメージしていたものと違った。
「え、ここ? 小さくないですか?」ヒナも僕と同じ事を考えていたようだ。
「守秘義務の関係で俺も詳しくは言えないんだが、一言で言えば特別なプロジェクトを担う部署だな」
「失礼します」大樹さんを先頭に僕らは事務所に入った。
聞いていた通り銀行のカウンターようなものがあり、その向こうに事務員の作業机がある。奥には扉が一つ見える。あれが
「小林さんご苦労だね。こちらのお二人は?」
「紹介します。こちらは明壁 信、こちらが松島 緋奈子です」
「はじめまして、よろしくお願いします」僕たち二人は声を揃えて挨拶する。
「こちらが社長の前田さんだ」
背丈は低いが、鋭い眼光とオーラというのか伝わる雰囲気は異質な存在感を放っていた。
「ご丁寧にどうも。見たところずいぶんお若いようだが」
「うちのホープです。こう見えて頼りになるやつらなんですよ」
前田さんは僕らを値踏みするかのように眺めた後、奥の部屋へと案内した。
カウンターを越えて事務員が作業している仕事場を通り過ぎる。机は16台。男性は7名、女性8名、空席が一つ。
「あの空席は中村さんですか?」僕は思っていた疑問を口にした。
「ああ、今は自宅待機とさせている」社長が答える。
「こちらが問題の部屋だ。まぁ入ってくれ」社長がドアを開けた。
部屋は20畳くらいといったところか。片隅に掃除道具入れが置かれている。整理整頓されていて、他に窓や扉など人が侵入できるところはないようだ。
「事件前日にここにある床用ワックスをかけていてな、それで犯人の足跡が残っていたわけだ。それで調べてみると、それは会社支給の靴でサイズは22.5センチ。そのサイズを使用しているのはこの事務所で3名のみ。同じサイズといっても、傷や擦り切れ具合は千差万別だ。そのうちの2名の靴を調べたが一致しなかった」
「残りの1人が中村さんということですね。中村さんのものはどうだったんですか?」
「本人は盗まれたといっている。すでに小林君から聞いているかもしれないが、私は事件の朝、あのボックスに現金を入れた」社長は奥にあるボックスを指差した。
「見させてもらっても良いですか?」
「構わんよ、犯人の足跡を消さないように気をつけてくれ」
なるほど、犯人のものと
「百万円は大金だと思うんですけど、いつもここに入れるんですか?」僕は皆のいる入り口に戻り尋ねた。
「セキュリティが心配じゃないかということなら、ここは安全だ。外部の者が侵入する場合、必ず事務員のいる作業場を通りすぎないといけない。いつもその日のうちに回収する。あの日は2時に回収しようとボックスを開けたら空だったというわけだ。当日に撮った写真があるが見るかい? 特に現状と変わりないと思うが」
「お願いします」と僕。
社長はスマホを取り出した。ディスプレイは犬の壁紙が表示されていた。
「かわいいですね」
「そうだろう、オーガストって言うんだ」
ペットを褒められたて、心なしか上機嫌の社長はそのまま指を滑らせロックを解除し、写真を表示させて僕に手渡す。
「拝見します」
「その日は誰がこの部屋に入ったんですか?」とヒナが尋ねる。
「男性スタッフは誰も入っていない。女性スタッフが3名入ったんだが、靴のサイズが違う。彼女たちの足跡もここに残っている」
「防犯カメラは無いんですか?」僕はスマホを返し聞く。
「残念ながら設置していない。ここは今取り組んでいるプロジェクト用にそれまで使用されていなかった建物を
一呼吸置いて社長は続ける。
「当日彼女は半日で帰ってな、そういったわけで彼女だけが持ち物検査を免れている。ちょっと整理しようか
•部屋に入るには作業場を通らないといけない
(外部犯ではない)
•暗証番号を知るのは社長と中村さんのみ
•現場に残された足跡のサイズは22.5センチ
(中村さん以外で同じサイズの人はシロ)
•中村さん以外は持ち物検査済み
•当日中村さんを除く女性スタッフが3名入室したが靴のサイズが違う
一同部屋を出た。
「どうだろう? これだけ状況証拠が揃っているわけだから中村以外にはありえんと思うんだが」
「とにかく調べさせてください」大樹さんが食い下がる。
「いいだろう、この部屋にあるものは自由に使っていい。あとこっちに来てくれ」
社長はカウンターを出て左手、玄関から見て右手の壁にあるドアまで僕たちを案内した。
「この先の廊下を進んだ突き当たりに応接室がある。そこを使ってくれていい。あと何か必要なものはあるかね?」
「それじゃコンベックスを」
「あっくん、コンベックスって何?」
「メジャーだよ。金属製の巻き尺」
「ふーん」
「コンベックスなら俺が持ってる。使ってくれ」
「ありがとうございます」
「あと社長、セキュリティボックスは当時の暗証番号でロックをかけておいてもらえますか。足跡もそのままで」僕は社長にそう伝える。
「わかった。必要であれば事務員たちに聞き込みしてもらっても構わん」
「わかりました。それじゃとりあえず僕たちは応接室に行きましょう」
僕たちは廊下を進み応接室に入った。
急拵えと聞いていたが、高そうなソファーと調度品の数々に彩られた立派な造りになっていた。僕たち3人はソファーに腰を下ろす。
「改めてお前らどう思う?」
「私は何か出来過ぎだなって思う。上手く言えないけど、中村さんが犯人であることが前提で作られた質の悪い推理小説みたいな感じがする。実際にこんなことあるのかなって」
「僕もそれは感じた。あと、中村さん以外にも犯行は可能だと思う」
「マジか」大樹さんが身を乗り出す。
「例えば靴です。中村さんより足が小さい人なら中村さんの靴を奪って履くことができます。極端な話、男でも
「でも、暗証番号は?」ヒナが僕に聞く。
「確かめて見ないとわからないけど、あたりはついてる。もしそれが正しいなら誰でも開けられることになる」
「え、もう?何で何で?」
「それはちょっと後回しにしよう。大樹さん、中村さんに会いたいんですけど可能ですか?」
「ああ、俺もこのあと紹介しようと思っていた。こんなんだから、ここには呼べないからな」
「じゃあ会う場所を指定していいですか?」
「ああ、問題ないがどこだ?」
「兼六園。一度行ってみたかったんですよ」と僕は答えた。
「お前、まさかとは思うが観光と思ってないか? いや待て、まぁそれもいいか。よし行くぞ」
僕たちは再び車に乗り込んだ。
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