5話 笑顔
いつからか、人前では笑わなくなった気がする。
気が緩んでいるところを見られたくないから? 面白くないから?
多分、そんな理由。片親を理由に変ないじりをされることはあったし先生にだって気を使われるので、出来るだけ舐められないようにしていたんだと思う。
友達を作りたくなかったことも理由にある。人付き合いの大変さは中学の3年間でよくわかって、この先良い職に就くためには不必要な存在だと思った。
というより、遊んでいる暇がなかった。せっかく仲良くなれたのに、放課後出かけられないし当然無駄遣いも出来ない。バイトに行って勉強して、そういう毎日で精一杯だった。
人と関わるのは最低限にして、グループワークなどは極力迷惑かけないようにして、それでいて話しかけてくれた人にはきつい態度を見せて、だいたいそんな日々。
いつもうるさい人がいる。
教室では人一倍騒いでいて、笑い声を教室の外まで響かせるような人だ。
そんな人がいつもわたしに話しかけてきた。
今朝は何を食べたとか、昨夜はどんなテレビ番組を観たかとか。とにかくしつこかった。
ただきっとこの人は優しい人だから。クラスに溶け込めていないわたしを見て話しかけてくれているんだと思った。
元気のないクラスメイトをご飯に連れて行ったり、試験前なのに授業中に騒がしい教室を抑え込んだり。陽気も陰気も関係なく事情を理解しようとして和を整える人。そういう努力が見える人。
放っておいてとでも言えば良かったかもしれない。もう関わらないでくれって気持ちと、そういう優しい人を傷つけられはしないという気持ち。
その両方があってとても嫌いとは言えなかった。だいぶキツく当たってしまっていたような気はしている。
ごめんなさい。告白に答えるのも難しかった。
バレーボールの選手になってわたしを幸せにしてくれると言った。どうしてと訊けば、あなたの笑顔が見たいからと。たまたま一度だけ、小さな男の子に見せたあの笑顔を見たかったらしい。
きっとその子はわたしの弟だね。
彼は手始めに高校生のうちに全国優勝を果たすと言った。
今年もダメだったが3回続いて諦めるかと思ったけれど、結局彼は大学でもバレーを続けたらしい。でも、彼とはほとんど喋ることはなかった。
来年また頑張ります。ただそれだけ。
連絡先を消してやろうとも思ったけれど、いつしかその連絡はわたしのモチベーションにも繋がっていた。
期待していない。彼にそう言った手前、自分も半端な職には付けないなと思った。日本の未来を担う、とまで行かなくとも、より多くの人の笑顔を守る仕事をしなくてはならない。
彼に負けじと大学や資格試験の勉強に時間を費やした。
そんな彼からの最後の連絡は、ただ地方の情報番組を見て欲しいというものだった。彼の情報を追っていたわけじゃないし、彼からもダメだったという報告しかないから驚いたところだ。
弛まぬ努力の末、そんな気がする。わたしにはよくわかる。
地方の情報番組にて、バレーボールのプロチームでリーグ優勝を果たしたことが告げられていた。
もう26歳にもなったけれど、それでも諦めることなく10年近くも優勝することだけを目標に掲げて頑張ってきたのだと。
テレビの向こう側、今にも飛び出してきそうな勢いで彼は言った。
『好きだああああ!』
当然、驚きはあったと思う。でもそれよりもずっと溜め込んでいたものが体の奥底から込み上げてきた。
「ただいまーってまたその動画観てるのか。てか近所から苦情入ってたぞ……夏木さんの笑い声がうるさいってな」
きっとわたしも笑える日が来るんだ、と。
うるさい(でも好き) 貧乏神の右手 @raosu52
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