4.アイオライトと、芽生える強い憎しみ
数日が経ち、桐谷の風邪は治った。部屋でまともに動けない桐谷の元にアイオライトは毎日足を運び、外での出来事をアイオライトは看病しながら話した。
一方通行の話を桐谷はぼんやりと聞いた。外に出ていない桐谷にとって、アイオライトの話はとてもいい暇つぶしになった。それと同時に家族が死んだショックが多少和らいだ。
「もう大丈夫だな」
桐谷の額を触って熱がないのを確認したアイオライトは安心した様子を見せた。そして桐谷が「ありがとうございます」と頭を下げてから話しを始めた。
「さて、キリ。これからどうしたい。君が望むなら、俺は君を迎え入れたい」
「それは兵士としてですか。それとも、家族としてですか」
「どちらでもいい。ただ、あまり君には兵士になってほしくない。あの村で唯一の生存者なんだ、命を危険にさらす必要はない」
「俺は兵士になりますよ。俺の命だ、どう扱おうがアンタには関係ない。家族を殺されて、何もせず暮らせるなんて出来る訳がない。皆を殺したあいつらを殺してやりたい」
少し怒りの混じった声で話しながら桐谷は自身の手を握り絞める。口調が砕けた状態で話す桐谷にアイオライトは予想通りの反応にため息を吐き、その思考を咎めるように言った。
「キリ、復讐に身を落とすのはよくない。そんな状態の君を兵士に迎え入れることはできない」
「そうか。じゃあアンタとはここまでだ、お世話になりました。では」
怒りのままベッドから起き上がり、買ってもらった服を着始める。
「キリ、どこに行くつもりだ」
「アンタには関係ないだろ。俺は俺のやりたいことをやる」
「駄目だ。君はあの村の唯一の生存者なんだ。勝手なことは許さない」
「俺のことは俺が決める、アンタなんかじゃない。それに生存者だからって理由で戦いから遠ざけられるのはお断りだ」
半分やけになった状態で着替えを終え、机に置いてある本を持つ。
アイオライトはしくじったかとため息を吐いてから部屋から出ようとする桐谷の腕を掴んだ。
「分かった、君を兵士に迎え入れる。だから一度落ち着け」
「……俺は落ち着いてる」
「落ち着いてない。ほら、深呼吸しろ。外の景色見て気持ちを静めろ。病み上がりなんだから無理をするな」
「…………」
「君の気持ちを考えずに発言してしまった事は謝罪する、すまない。君の気持ちは当然の事だ。むしろそうならない方が不思議なぐらいだ。だが、俺は君の命を危険に晒したくなかった」
アイオライトの言葉を聞いて桐谷はため息を吐く。
「アンタの言う事は最もだ。死に急ぐ奴を見過ごすのは、兵士失格でしょうし」
「兵士として君に言ってるわけじゃないんだが」
「分かってますよ。アンタが本心から俺の身を案じてるのは分かってます。ただ…………あー、その……俺の、心が追い付かなかった……です」
こんなになるつもりはなかったです。と視線を逸らした状態で呟いた。言い切る頃には声が小声になってしまっていた。
頭がさせて来た桐谷は先程の事を考える。こんなに心を乱すつもりはなかった。桐谷は八つ当たりをしたアイオライトに申し訳なさを感じながら髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。
「気にするな。よし、君が落ち着いたから、そろそろ宿から出よう。無理言って数日泊まらせてもらったからな」
「お金とか大丈夫なんですか」
「大丈夫だ。俺はあまり金を使わないから君を泊まらせるぐらいの金はある。それと、敬語はいらない」
「分かった」
二人は荷物を持って部屋から出る。出入口まで向かう最中、この宿の店主と思われる筋肉質な男性がアイオライトを呼び止めた。桐谷の具合について店主は心配そうな顔つきで問いかけた。
その言葉を聞いてアイオライトは桐谷の腕を引いて店主に顔を見せた。
「ご覧の通り、もう回復したので大丈夫ですよ」
「ああ、それはよかった! 度々見かける時、顔色を悪くしていたから心配だったんだ。あんた、治ってよかったなあ!」
「っう、わ!?」
店主は安心した様子で桐谷の髪を乱暴に撫でた。店主の撫で方が酷く、髪だけではなく頭までも揺れた。揺れる視界に気持ち悪さを感じた桐谷は店主の手を払い退けた。
「やめてください」
「おっ、わりいなあ! いやあーほんと、元気になってよかったよ!」
「あぁ……どうも……」
乱れた髪を整えながら桐谷は疲れた様子で答えた。店主は悪いとも思っていないよう様子で明るい笑みを浮かべながら謝った。
そこにカランカランと出入口のベルの音が鳴って武装した団体が宿に入ってくる。団体が入ってきたのを見た店主は二人に「また何かあったら来な! じゃあな!」と言って団体の対応に向かった。
「行くか」
「髪が乱れた。乱暴な撫で方をする人だ」
「彼は丁寧なことが苦手だからな」
「見た目通り」
呆れた様子で肩をすくめる桐谷にアイオライトは笑った。
「はは、そうだな。それじゃ、俺達も行くか。行先は兵士寮だけどいいか?」
「うん」
宿から出る際、アイオライトは店主に向かって「助かった! また世話になる!」と声をあげて宿から出た。扉が閉まる直前に店主の「頑張れよ!」と応援の声が聞こえた。
宿の外に出ると、沢山の人々が桐谷の目の前を通り過ぎていく光景が目に映った。
買い物を持った人、楽し気に談笑する人達、武装した集団。走って通りすぎていく子供達。窓から見ていた時と違って、上からではなく、目の前から見る平穏な日常の光景に心が蝕まれる感覚がして、現実から目を背けるように桐谷は視線を下に落とした。
家族のことが頭によぎった。もう目の前の光景のように楽しく家族と過ごせないことを強く理解してしまった桐谷は手を握り絞めた。
「キリ、行けるか?」
様子が可笑しいことに気づいたアイオライトは心配そうに桐谷に声をかけた。
「……うん」
「無理はするなよ」
弱々しく返事をした桐谷にアイオライトは桐谷の頭を優しく撫でてからその手を掴み、その場から歩きだした。
手を引かれながら桐谷は思い出す。あの記録を。
『永終桐谷の住処が魔物に襲われる。創造主の思考回路の操作ミス。このまま進めば精神が破壊されてしまう可能性大』
自分の本体に書かれていたあの記録は誰のなのかは分からなかったが、村が襲われたのは意図的であったこと。そしてそれをしたのは創造主。そして、創造主に干渉できる記録の人物。
干渉できる人物は一体何者なのか、何故創造主は村を襲わせたのか。自分がうけている実験とはなんなのか。思うことは沢山あったが、桐谷はそれを考えるより先に創造主に強い憎しみを覚えた。
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