3.燃え尽きた村の中で

 体の冷たさと何かの音に桐谷は目を震わせゆっくりと瞼を開く。

 視界にぽつぽつと体や地面に当たる水が映る。雨は降っている――。そう理解し何度も瞬きを繰り返し起き上がろうとする。雨に長時間打たれていたのか、体はすっかり冷え切っており服がぐっしょりと濡れていた。

 起き上がろうとすると、桐谷の頭に激痛が走り頭を抱える。


「ぅ、ぁ」


 痛みに呻き、その場に蹲る。痛みが引くまで蹲っていると体が震える。なんとか寒さをしのごうと桐谷は痛む頭を押さえながら立ち上がり周囲を見渡そうとして目を見開いた。そして、何があったのかを思い出した。


「あ、ああ、そ、うだ。燃えたんだった、みんな、死んだんだった」


 辺りを見渡す。燃えて潰れた家、ピクリとも動かない村の人。雨の音以外何も聞こえない村だった場所で桐谷は一人立っていた。

 その光景を見て動揺していた自分が段々と冷静になっていくのを感じ、視線を地面に落ちてある本に向け拾う。本は雨に当たっているのに濡れてる様子はなく、手にした時と変わらない様子だった。

 桐谷は本を開く。最新の情報を確認する。本体に書いてあった自分じゃない、誰かの記録――思考が何か書いてあるかを見るが、誰かの思考は一切書いていなかった。


『×月〇日、11:36。目が覚める』


 最新の記録を桐谷はぼんやりと見てから本を閉じる。そしてこれからどうしようと考えながら歩み始める。


「さむい」


 いつから雨が降っているのかは分からなかったが、服が全て濡れて、体が冷え切っている時点で結構前から雨が降っていたんだろうなと桐谷は他人事のように考えながら歩を進める。

 そして何かに躓き、べしゃっと桐谷はその場に倒れ込む。

 ぼんやりと躓いた何かを確認すると、それは見覚えのある姿。ぴくりとも動かない人。大切な、家族。


「……ひ、ろ」


 桐谷はそれに手を伸ばし、目を閉じた大切だった弟の頭を撫でる。

 痛くなかったかな、楽に逝けたかな、そう思いながら頭を撫で続ける。

 視界が曇っても、寒いと感じても、桐谷は手を止めない。

 暫く撫でてから桐谷は手を力なく降ろす。


「いつも、なら、まにあったのに」


 神の時なら、こんなことにならなかった。すぐに駆け付けて、守って、敵を殲滅出来ていた。

 もしも。を考えてしまい桐谷は本を見る。そして、呟いた。


「『it's my story(それは俺の物語)』…………かわら、ない、か」


 いつもならこの言葉で武器になる本。だが、本は姿を変えない。

 武器にならないなら、持っていて意味はあるのだろうか。本を強く掴みながら桐谷は空を見上げた。

 雨は相変わらず降り注いで、桐谷の心情を映すかのように静かに、水音を鳴らす。

 ぼんやりと空を見上げていると、遠くから桐谷の方向に向かって来ている複数の音が聞こえ始めた。

 そして、雨の音にかき消されてる中で微かに声が聞こえた。


「――生存者がいる」


 桐谷は声の方向を見ると、そこには何処かの兵士達。何処の人間だろう。村の人は全員死んでしまったから、今更来たところで無駄足だなぁ。と思いながらゆっくりと立ち上がる。

 そして兵士の方向に向かってよろめきながら歩き出す。


「大丈夫か!?」


 一人の兵士が馬から降りて桐谷に近づく。両肩を優しく掴んで、兵士は心配そうな顔で桐谷を見た。


「何があった?」

「……むらが、もえた、みんな、しんだ。――――まに、あわなかった」

「っ……そうか。それは、辛かったろう……もう大丈夫だ」


 大丈夫、か。何が大丈夫なんだろうなぁ……と桐谷は思いながら体から力を抜く。目の前の青年が突然もたれかかって来たことに驚いた兵士は、慌てて桐谷を抱きしめる。


「お、おい! 大丈夫か!?」


 兵士が何かを言ってるんだろうなと思ったが、桐谷は疲れで目を閉じようとする。

 呼びかけの声が遠くで聞こえているような感覚を味わいながら、桐谷は目を閉じた。




「あぁ、たすけたかった」


 最後に、後悔を呟きながら。



 家族の姿が、暗闇に見えた気がした。


<>


 桐谷が目を開けると、何処かのベッドの上だった。

 何があったんだっけ。と思い出そうとするが、思考がまとまらない。体のだるさと暑さを感じた。


「ぁ……?」


 掠れた声が桐谷の口から漏れる。喉に突っかかる何かを感じつつ、視線を見える範囲で動かしなにかないかを見る。

 机と椅子、建物が見える窓、扉。桐谷は出来る限り思考を巡らせ、何があったかを思いだす。

 家族が死んだ、村が燃えた、武装した人間が来て、そこで意識がなくなった。そこまで思い出して桐谷は自分はここに運ばれたと理解した。

 そして人間になってから経験したこの体の不調。あぁ、風邪か……。と思い至った。

 はぁとため息を吐いてこれからの考えていると、部屋に誰かが入ってくる音が聞こえた。


「だ、れ」

「――ああ、大丈夫か?」


 足音が桐谷に近づき、心配そうな顔で桐谷を見ている男性が桐谷の瞳に映った。

 緑の目をした茶髪な男性が湿ったタオルお桐谷の額に乗せながら話をした。

 

「ここは君の村の近くにある街の宿だ。気絶した君をここまで運ばせてもらった」

「う、ん」

「それと……君以外にあの村に生き残りがいるのか探したけど、残念だけど君以外生存者はいなかった」

「……そ、っか」

「俺はアイオライト・スリーナム。この街の兵士達の隊長をしている」

「お、れは――」

「無理に話さなくていい。今は体を癒す事を優先しろ」


 アイオライトは暫く俺はここにいるから何か用があったら遠慮なく呼ぶといい。と桐谷から離れ、窓を開けに行く。

 外の騒がしさが桐谷の耳に入る。悲鳴がない、楽し気な声ばかりが桐谷に楽しかった村の事を思い出させる。


「……ふ、ぅぅ……うううう……」


 涙が溢れ始め、桐谷は声を押し殺し毛布の中で蹲る。今まで何かに感情移入をする事は沢山あったが、最初から育てられる経験は初めてだったため、いつもより心が苦しかった。

 愛していた。大好きだった。幸せだった。だが、もう会えない。

 桐谷は胸を抑え、ぽろぽろと涙を流し続けた。

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