2.平穏の終わり

「キリ兄ちゃん! 洞窟連れてって!」


 桐谷は読書をしながらソファの上で寝転んでいるとヒロの声がした。

 本から視線を離し、桐谷はヒロを見てから困ったような顔をした。


「昨日母さんがまだ駄目って言っただろ?」

「えー。あと二週間で行けるようになるんだから別にいいでしょ! だめー?」

「だーめーだ」


 本を閉じ、本棚に本を戻してから桐谷は剣とランタンを持つ。


「兄ちゃんのケチ!!!」

「ケチで結構」


 桐谷はそう言って家から出る。後ろからはヒロの文句の声が聞こえていたが、桐谷はそれを無視した。

 桐谷のいる場所は大きな村だった。村人が作るのは回復魔法薬。近くの街からはそれが評判よく人が度々訪れる村だった。そして薬のお礼で街から援助を受けていた。主に、食料の支給。新しい魔法薬のレシピ。服や、金等。

 村を歩いていると桐谷とヒロの父親が桐谷に近づいた。


「キリ、これから何処かに行くのか?」

「これから洞窟に行こうと思うんだけど……」

「洞窟に? そうか……気を付けるんだぞ」


 父親は桐谷の頭をわしゃわしゃと撫でてにかっと笑う。


「わ、わぁ、ちょっ、父さん! 髪が乱れる!」

「ああすまんすまん」

「っもう! ぐしゃぐしゃになっただろ!! ……で、父さん俺に何か用事でもあった? もしかして、あれ?」

「そうそう。あれ」

 

 髪を整えながら困った笑みを浮かべながら桐谷は問いかける。

 二人が言うあれ。とは母親に送る花の話だった。父親は何度か桐谷に花の作成を頼み込んでいた。


『たのーーむ! 父さんを助けると思って……な!?』

『いいよ。俺、母さんと父さん大好きだから、いい花作っておくよ』


 そんなことで桐谷と父親は母親に花をプレゼントするということを始めた。

 結婚記念日には特別な花をプレゼントして特別な日にしたり、綺麗なもの好きな母親に桐谷から花をプレゼントしたりしていた。

 桐谷は人間になった自分をここまで育ててくれた両親を愛していた。そしてかわいい弟。毎日が幸せな日々だった。


「記念日近いから……いいやつ、作っておくよ」

「おっ、助かる! 記念日にはご馳走でも食べるか! 父さん頑張っちゃうぞおー!」

「あははっ、無理はしないでね。父さん、この間張り切りすぎて怪我したんだから!」

「ヴッ……痛いところをつくなぁ! ……ごほんっ。じゃあキリ、楽しみに待ってる」

「うん。待ってて」


 父親は日が暮れる前に帰って来いよーと言いながらその場から去って言った。父さんこそ! と桐谷は笑いながら歩き始めた。

 記念日なら……薔薇か? 何度生まれ変わってもあなたを愛しますの意味を持ってる999本で……色は王道の赤薔薇で……。と考えながら村から出た。

 桐谷は花のスキルな為、村の人から大好評だった。庭に花が欲しいから作ってほしい。告白で花を使いたいから見合う花を作ってほしい。村に彩りがほしいから適当に生やしてほしい。との話が度々来ていた。

 そうしてスキルを使い花を生やしたり作ったりしてると、次第に村には花畑が出来上がり、それを見た街の人から『この村は花の楽園だ』と言われるようになった。

 

「本体はここにあるんだったか。全く、どういうつもりなんだか」


 桐谷はため息を吐き、暗闇で先の見えない洞窟をじっと睨みつける。

 そして昨日伝えられた言葉を思い出し、向こうの意図が分からず気味が悪いな……と思った。

 鞘から剣を引き抜き、ランタンを腰につけた状態で桐谷は洞窟の中に入った。

 中はじめじめとしていてそれでいて暗く、明かりが無いとまともに探索出来ない程だった。


「ここに置くなんて、汚れたりしたらどうするんだ。神じゃないから綺麗にできないだろ」


 桐谷は創造主に対してぶつくさと文句をいいながら洞窟内を歩く。

 すると洞窟の奥から、ぴょんぴょんと跳ねながら桐谷にスライムが近づいてくる。桐谷はそれを見て剣を握り直してから、スライムの体を真っ二つに斬った。

 べしゃっ。真っ二つになったスライムの体が地面に当たり、そのまま動かなくなった。

 斬った後桐谷はスライムに視線を向けずそのまま先に進む。

 進めば進むほど現れるスライムの数は増えていく。それを桐谷は一体一体確実に仕留めていく。

 桐谷はスライムの残骸の中立ち尽くし、少し息を荒くさせ、汗を流しながら呟く。


「やっぱり、人間の体じゃ体力が持たない。速く、行かないと」


 洞窟の奥に視線を向けて桐谷は先に進む。本体の気配はもうすぐ近くまで感じ取ており、桐谷はここを抜ければあるはず。と確信する。

 立ち止まって適度に休憩を取ってから桐谷は洞窟の一番奥にたどり着く。

 そこには台座があり、台座の上に少し光った状態で一冊の本が浮いていた。

 

「あった。これでやっと安心できる」


 本に駆け寄り、桐谷は迷う事なく本を台座から離す。

 本には一本の黒薔薇が描かれているシンプルな本だった。

 桐谷は本を開きペラペラと中を見る。中は桐谷の記録になっており、今までの桐谷に関する情報がそこに書いてあった。


「『16︰52。実験強制参加。人間にされる』……実験内容は書いてない、か。――ん?」


 ペラペラと本を捲っていると、気になる一文が桐谷の目に入った。


『創造主の思考回路に干渉。永終桐谷の接触機会を探る』


「なん……だこれ。これ、誰の記録だ? 俺の記録じゃないよな。時間が入ってないし、何より……主の思考回路に干渉なんて俺には出来ない」


 桐谷は首を傾げ、他に自分の記録でない何かがあるか探す。そして時間が書いていない記録が複数見つかった。


『永終桐谷に固定異能付与。今後の経過で計画変更』

修永真しゅうえいまことの[創造主の命令最優先]設定の破壊方法。永終桐谷の実験で破壊可能?』

『創造主への今後の対応』


 そして最新のページを開くと、桐谷は書かれている内容に目を見開く。


『永終桐谷の住処が魔物に襲われる。創造主の思考回路の操作ミス。このまま進めば精神が破壊されてしまう可能性大』


「住処、魔物――まさかっ、村が!?」


 その文字を見て桐谷はすぐさま来た道を引き返す。道中スライムが進行の邪魔をしてきたが、桐谷はそれをすぐに斬り捨て、洞窟から出る。

 そして洞窟から出ると桐谷は村の方向に向かって走る。外はもう夜になっており、明かりは桐谷の視線の先の村の灯りと、手持ちのランタンのみ。

 桐谷は村が近づく事に嫌な予感が増していく。それは村がいつもと違っていたからだった。

 村の灯りが、明らかにいつもと違う。明るすぎる。まるで、まるで――燃えているかのように。


「嘘だ、嘘だ、ありえない!! こんな、こんなの起きるはず――――ぁ……」


 村が近づいてきた時、いつもと違う明かりの正体に気づく。

 村が――燃えていた。


「ぁ……ぁぁ……どう、して」


 家が燃え、花が燃え、そして魔物が村の人を襲っていた。

 悲鳴が至る所から聞こえ、血の匂いが桐谷の鼻につく。

 

「――父さん! 母さん! ヒロ! どこだ、どこにいるんだ!!」


 桐谷は家族の無事を一刻も早く知りたくて村の中を走る。

 探して、探して、探して。桐谷の視界に見たくない現実が映った。

 違う、違う、気のせい、あれは魔物、皆じゃない。

 頭の中で視界に映るものが家族じゃないと否定する。だが、同時にあれは家族だと桐谷は思い始める。


「ち、がう、そんな、こんな、事って」


 ゆっくりと違うと確認する為にそれに近づく。

 近づく事に、桐谷の思考は確信に変わる。

 そして、それのすぐ目の前まで行き、桐谷は目を見開き、口を開閉させる。


「ぁ、う、そ、なん、どう、して、かあ、さん、とう、さん、ひろ」


 それは三人の男女の死体。見覚えしかない死体。つい先程まで話していた――死体。

 ヒロが、母親が、父親が、血だらけで倒れ付していた。

 目を開いた状態は恐怖に怯える顔だった。


「ぁ、あぁ、あああ、あああああ」


 桐谷は目の前の現実を信じられず、髪をぐしゃりとかき乱す。視線は三人に釘付けになったまま、言葉を零し続ける。それと同時に何かの映像が桐谷の脳内に過ぎった。

 桐谷の背後から近づいてくる魔物が桐谷に向かって棍棒を振り下ろした。それと同時に映像は終わった。

 桐谷はそんな映像を見ても、意識が家族に釘付けになっていた。これから起こる未来を対処する意識が、今の桐谷にはなかった。

 そしてあってなく、未来は訪れた。

 ドンと鈍い音がして桐谷の頭に激痛が走った。

 桐谷は「ぁ……?」と訳がわからないままその場に倒れる。

 痛みで意識がぼんやりとする中見えたのは、血がこびりついた棍棒を持って佇んでいる魔物の姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る