第87話  グレン

 ◆ ◇ ◆ グレン


 亡くなっているーーー。


 俺はそれを聞いて「何か残してはいないのですか?」と聞いた。


 自殺?他殺?病死?


 思わず目が鋭くなって団長を睨みつけるような視線になってしまった。


「これが遺書です」


 渡されたのは丁寧に封に入れられた遺書だった。


「自殺…ですか?」

 確認するように聞いた。


「この遺書の文字が彼のものか調べましたが、確かに彼の書いた遺書で間違いありませんでした」


「読んでもよろしいですか?」


「勿論です、彼が亡くなったのは今回の事件が原因ですから」


「拝見いたします」

 俺は封から遺書の手紙を出すとそっと広げた。


 わずか一枚だけの手紙。


 “この度は大変な事件を起こしてしまい申し訳ありませんでした。死んでお詫び申し上げます”



 誰に宛てたのか。


「ハザード殿はどんな人柄だったのでしょう?」


「生真面目で融通がきかない、だけど優しい男でした」


「優しい?そんな男がどうしてなんの罪もない3歳の男の子を殺そうとしたのでしょう?何か心当たりはありますか?」


「………わかりません」

 団長は首を横に振って、大きな溜息をついた。


「彼は…そんな事件を起こす人には見えません。ただ……これはハザードの仲の良い同僚に聞いたのですが……従妹をとても可愛がっていて……数年前なのですが亡くなった時かなり落ち込んでいたと言っていました、今も結婚もせずいたのは従妹を愛していたのだろうと言っていました」


 団長は俺とマキナのこと、ハザードとの関係を知っていて今話しているのだと俺もわかっていた。


 この人は抜け目のない人だ。

 俺と話す時も次に何を聞かれるかおおよそ判断してなんと答えるべきかわかっていて、答えている。


「従妹を愛していたのですか……」


 マキナは体が弱くあまり外に出たりしなかった。従兄弟や親戚の話はあまり聞いていない。両親との仲は良かったからよく屋敷には顔を出してくれた。だけど結婚してから従兄弟が顔に出しに来ることは勿論なかった。

 だから仲の良い従兄弟がいたことは知らなかった。


 遠慮があったのかもしれない。


 俺は彼に恨まれていたのか?


 マキナは出産で子供と一緒に亡くなった。


 俺が他人の子供を可愛がり、他の女に目を向けたことがやはり恨みとなったのか?


 俺はとりあえず彼の為人を聞いて、亡くなった時の様子や仕事を辞めてからの生活のことなど、わかっていることを聞いてタウンハウスへ副隊長と帰って行った。


 俺がずっと黙ったままなのを副隊長は何も聞かずにそっとしてくれた。


 そしてタウンハウスに着くと俺は副隊長と二人で執務室へと向かった。



「グレン様………部屋を暗くしましょうか?」


「気がついていたのか?」


「はい、あそこには近衛騎士団長以外に見張が隠れていましたからね」


「ああ、だから団長は俺にこれを託した」


「先ほどの遺書ですね?」


 封筒を広げて二重になった紙の中ーーー何も書かれていなかったが、部屋を暗くすると文字が浮かび上がってきた。


 俺たちが敵に見つかってもいいように書くやり方だ。これは辺境伯に住む騎士しか知らない。


 マキナの従兄弟なら、もしやと思った。


「やはり、あったな」


 浮かび上がる文字は急いで書いたから読みにくい。



『騙された、主犯は王妃だ、俺はマキナを忘れ新しい幸せを見つけようとしたグレン様が許せなかった。だけど子供を殺そうと思ったわけではない。軽い症状だと聞いていた。まさか死にそうになるとは思わなかった。俺は殺される、ならば責任を取り自分で自ら死を選ぶ』


「ふー、やはり、王妃か……」


「どうしますか?」


「悔しいがこんな手紙じゃ王妃を捕まえることはできない。唯一出来るのは、陛下にこの手紙を託すことだけだ。

 俺を困らせて苦しむ姿を見たいんだろう、俺が幸せになることが許せないんだ。あの人は」


 俺は机を叩き、叫んだ。


「ちくしょう!俺がいくら力をつけてもあの人達には罪を問えないのか!」


 ラフェとアルを守る方法………俺があの二人を諦めること。

 俺は唇を強く噛み締めた。鉄の味が口の中に入ってきた。

 泣き寝入りするしかないのか?


 あんなに苦しんだ二人を見てしまったのに。


「このことは誰にも話すな。話せばお前の命が狙われる。いいか?お前は何も知らないわかったな?」


 その夜、俺は眠りについたラフェとアルの部屋に行き、そっと顔を覗かせた。


 スヤスヤと眠っている。寝息を聞くだけでホッとした。そしてすぐに扉を閉めた。


 廊下に佇む。


 ーーー生きてる。


 

 俺が関わらなければ苦しまないで済んだのに。


 俺はラフェに言えないことがまた増えた。


 ラフェの夫だったエドワードのこと。

 ラフェの叔父があの薬を作って売っていたこと。

 その叔父がアルを助けるための薬を作ったこと。

 そしてアルを殺そうとしたのは俺の元妻の従兄弟で俺を恨んでのこと。

 それを唆したのは……王妃。



 部屋に戻り俺はソファに座りじっと俯いて動けずにいた。誰に話すわけでもない、ただ独り言を言っていた。


「………ラフェ、アル、ごめんな。俺は……お前達になんにも話してやれない。なあ?エドワードが生きていること知りたいか?

 だけどそれは俺が伝えることではない。本人がきちんとお前達に向き合う覚悟がなければ傷ついてしまうのはお前達二人だ。

 それに叔父のことだってどこまで話せばいい?

 お前達は叔父がいることも知らないのに。

 アルの事件のことは……下手に何も知らない方がいい。少しでも知ってしまえば王妃がまた命を狙うかもしれない……俺が二人の前から消えるしかない……ちくしょう!」


 俺はテーブルを何度も叩いた。手が傷つこうが血が出ようがどうでも良かった。


 あの二人を幸せにしてやりたかった。


 愛していた。マキナを忘れたわけではない。だけど、それでも………俺は……ラフェをアルを……愛してはいけなかった……二人ともすまない……


 俺は次の日の朝早く、みんなが寝静まっている時間にタウンハウスを出て王宮へと向かった。









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