第86話 グレン
◆ ◇ ◆ グレン
「あー、誰だ!アルを狙った奴は!」
俺は騎士の顔の特徴をジミーにしっかりと聞いた。
会った記憶はない騎士。
考えてみたら俺はほとんど辺境地で暮らしている。
王都に来るのはアレックス様のお供か用事がある時だけだ。
特に王宮には近寄らない。近寄っていいことなんてないからな。
王太子からは地位を狙われているのでは?と疑われたこともあった。
辺境伯地で活躍し過ぎたせいで。
王妃からは王宮に近寄らないで欲しいとはっきりと言われた。
たまたま王宮に行かなければいけなくて、仕方なく行っただけなのに。
王妃は待ち構えていた。
あそこは俺にとっていい思い出なんかない。
陛下とも数回会っただけだ。親子としてではなく、用事があって。
俺にとっての家族はノーズ子爵の両親と兄上、アレックス様達だけだ。
俺はとりあえずタウンハウスで護衛騎士をしている奴らに声をかけた。
ここの王都でずっと過ごしている奴らならこの騎士の顔を知っているかもしれない。
ジミーに聞いた特徴を伝えると、数人から反応があった。
「この騎士は………」
俺は言葉が出て来なかった。
近衛騎士は………マキナの従兄弟だった。
アルが狙われたのは俺のせいか?
マキナと死んだ子供のことを忘れてアルのことを可愛がった俺。
本当は忘れてなんかいない。
ーーーもし生きていたら……
何度もそう思った。
どこからかそのことを知ったマキナの従兄弟が俺を狙わずに一番弱いアルを狙った?
俺はこの従兄弟のことを知らない。
マキナは男爵家の娘で、俺は低位貴族との縁談を勧められて結婚した。
俺にあまり力をつけないためだった。
俺が里子に出されたのも子爵家、それも辺境地で王都からかなり遠い場所。結婚相手は男爵家の娘。
すべて俺が王家に関われないようにするためだ。
もちろん俺にはそんなこと興味すらなかった。
親に捨てられようと低位貴族として生きさせられようとどうでもよかった。
マキナという愛する妻がいてアレックス様に従うことが出来て、騎士団の仲間たちと過ごすことが出来て俺は十分幸せだった。
家族を失った喪失感だって、仲間がいてくれたからなんとか生きていくことが出来た。
そしてマキナたちを忘れたわけではない。
だけどマキナたちのことは俺に思い出として心に刻まれて行ったのは確かだ。新しい人生を歩もうと思った。
忘れたくても忘れられない辛い思い出。だけど辛いだけじゃない。マキナとの思い出は幸せだった、孤独だった俺はマキナを愛した、全力でも守ろうと思った。
だが俺はずっとその思い出に囚われて身動き出来なかった。やっとその思い出と共に前へ一歩進もうと思った。
それはいけないことだったのか?
俺はその従兄弟に会いにいくことにした。
近衛騎士をしている従兄弟の名前はハザード・ワイヤー。
出来るだけ近寄らないと決めていた王宮にまた来ることになった。
ラフェを助けるために一度きている。
そのことは王太子や王妃の耳にも入っているだろう。
俺が嬉々としてやってくると思っているのだろうか?自分の出生の秘密を知って苦しむことなく、王太子や王妃、陛下と会って平然としていられると思っているのだろうか?
『捨てられたもの』の気持ちが『捨てたもの』達にはわからないだろう。
粗雑で乱暴に振る舞うのはマキナが亡くなって再婚を狙う貴族の女達が寄ってきてからさらに酷くなった。
だがその前から態としていた……王都に来た時だけは。
それが俺の精一杯の彼らへのメッセージだった。
俺があんた達に興味なんてない、王位継承権なんてクソ喰らえだ。欲しいとも思っていないし、あんた達のことなんてなんとも思ってなどいない。
ま、そう思っていても、彼らにわかってもらえるかはわからない。
「もうこの場所には来たくはなかった」
溜息を吐きながら近衛騎士が待機している騎士団の建物に向かった。
「お久しぶりです。グレン・ノーズ殿」
騎士団の団長室に入ると、団長が笑顔で迎え入れてくれた。
「突然申し訳ありません、お時間を取っていただきありがとうございます」
そう言うと周りにいる騎士達を見回した。
その視線に気がついた団長は、騎士達に目配せをした。
「失礼致します」
すぐに察した騎士達は俺と団長に頭を下げると出て行った。
部屋に居るのは俺と団長、そして俺の部下の副隊長の三人だけだ。
俺たちはソファに座り出されたお茶を頂いていた。
団長も静かにそれを見ていたようだ。
しばしの沈黙………
「手紙を読ませていただきました」
「ハザード・ワイヤーはうちに所属している騎士で間違いありませんでした」
「……でした…とは?」
「もう辞めています、貴方達が来る前に彼の住む家に訪ねてみました……そしたら……亡くなっていました」
「はっ?どう言うことだ?」
「そのままの意味です、わたし自らが発見しました」
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