第60話 ラフェ
◇ ◇ ◇ ラフェ
「……兄さん」
案内されて静かに部屋に入ってきた兄さんはわたしの顔を見るなり驚き呆然と立ちつくしていた。
「…………」
わたしは何を話していいのか分からず相手が黙っているのならそのまま話さなくてもいいかななんて思ってしまった。
わたしはベッドに座り兄さんの足元をじっと見ていた。顔を上げるタイミングが分からず……多分兄さんもわたしに何を話しかけたらいいのか分からないのだと思う。
しばらくそんな気まずい時間が流れて……
「……ラフェ、そんなに痩せて……食事は?」
「………食べられないだけです。食事はきちんと出してもらってます。あの……アルバードが今どうなっているのかご存知ありませんか?」
「そのことで会いにきたんだ。アルバードはまだ死と闘っているところだ。生きようと頑張ってるよ、あの小さな体で」
「生きてる……よかった……」
「ただまだ予断を許さない状態だ。だけどお母さんに会いたいと言って必死で生きようと頑張ってる」
「……………うっ、ふっ、うううっ………」
生きててくれてる、それだけでもホッとした。だけどあんな小さな子が生きようと必死で耐えているのに、そばにいてあげられない。
わたしが目を離したばかりに苦しい思いをさせてしまった。
後悔と悔しさと申し訳なさと、泣いても仕方ないのに、と思いながらも涙を止めることができなかった。
「……兄さん、わたしはまだ疑われているのですか?ここからなんとか出たいんです。わたしはアルバードを殺そうなんてしてません。ここに入れられて出してもらえず、だけど取り調べもないのです。どうなっているのかわかりませんか?」
「アレックスの屋敷の者からうちに連絡が来たんだが……サリナ(妻)が話だけ聞いて俺に伝えてくれていなかったんだ。一応手紙には書いてテーブルに置いていたんだが、俺も最近は事務所で仕事をして帰らないことが多くて、久しぶりに帰って、やっとその手紙を読んでお前達のことを知ったんだ」
「そうだったんですね、アレックス様の使用人の人達が動いてくださっていたんですね」
「ここに面会に来るのは身内しか出来ないと言われた使用人が俺に連絡を取ろうとしてくれたんだ。遅くなってすまなかった。まずはアルバードに会いに行って、使用人達に事情を聞いてきた」
わたしは兄さんの顔を久しぶりにしっかりと見た。わたしが覚えている頃より少し老けた気がする。それに疲れているかも……
「何故アルバードが薬を飲んだのか今警備隊が調べているところだ、さらに王立騎士団も動き出している。お前がアルバードを殺そうとしたと疑われているが、もしかしたらお前達二人とも何か理由があって狙われているのかもしれないと考えてもいるらしい」
「どう言うことですか?」
「お前を疑ったのは確からしい。だから、しばらくアルバードと離すつもりだったと聞いた。だが調べればお前が我が子を殺す必要がないことがわかってきた」
「わたしがアルバードを殺すわけないでしょう!」
「わかってる。アレックスのところで話は聞いた。
苦労したんだな、エドワードの実家でのんびりとお前達は暮らしていると思っていた。遺族給付金や死亡補償金も入ってるし、向こうの親も可愛がってくれていたから、俺は何も知らずに幸せに暮らしていると思っていた。
いや、多分、俺は仕事ばかりして家庭もお前のこともまるで気にもしていなかった。……すまなかった」
「兄さんと距離を置いていたのはわたしもですから……それよりもアルバードに会いたいんです。せめて一目だけでも……ここから出ることはできないのですか?誰もここでは答えてくれないのです」
「俺の力ではどうしようも出来ない。アレックスが動いてくれるようだ。だがアルバードに薬を飲ませたのが誰なのか薬の入手先もわからない。アルバードに話しかけたと言う男の話もお前しか知らない。近所の人は見ていないらしい。
だからまだお前が犯人かもと疑われているんだ。しかしお前が我が子に手をかけることはないと、調べていれば流石にわかってきたが、まだお前を外には出せないと言われた。お前の容疑がハッキリしないからな。
俺は……とにかくお前に会えるように面会の申請をしてやっと今日許可がおりたんだ。
いいか、みんな動いている。アルバードのこともアレックスがなんとか助けようと薬をこちらに運んでくれているらしい。だから希望を持って待ってろ。アルバードは必ず助かる」
「兄さん……みんなにありがとうございますと、お礼を言っておいてください」
「わかった、とにかくなんでもいいから食べろ、そんな姿をアルバードに見せたらアルバードが心配するぞ」
「……はい」
顔色は青白く、痩せこけた姿が鏡に映っていた。
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