第59話 ラフェ
◇ ◇ ◇ ラフェ
何日経ったのだろう。
食欲も湧かない。ウトウトしても熟睡出来ない。
少しの物音にもビクッとする日々。
でもまだアルバードのことを伝えてくる人はいない。
ーーまだ生きている。
あの子がまだ生きている。それだけがわたしにとって一番大切なこと。
今ここを抜け出す術はない。ならばアレックス様の使用人の方達を信じて託し、ここで過ごすしかない。
何があってもこの場所で心を強くしてアルバードの元へ帰れることを信じて。
ーーーーー
「また食事をとっていないんですか?」
呆れた顔をした警備隊で働く女性に言われた。
毎回食事を持って来てくれる人には申し訳ないと思っているのだけど、あまりお腹が空かない。痩せ細って行くのがわかるのだけど、どうしてもうまく飲み込めないでいた。
少しでも元気に過ごしてアルバードの元へ帰らないといけないのに、焦れば焦るほど食べられなくなって眠れなくなる。
だけど不思議に泣き喚いたり部屋に来る人たちに泣いて縋ることはなくなった。
ーーアルバードは生きている。
それだけでわたしの心を強くしてくれる。
「今日は面会の申し込みが来ています」
ほとんど残ったままの朝食用のトレーを下げながら女の人が言った。
「面会ですか?」
「はい、面会は身内しか出来ないことになっています。確か……お兄さんではないですか?シエロさんという名前でした」
「……兄です」
兄さんがどうしてここに?
エドワードが亡くなった時葬儀には参列してくれた。だけどそれっきりお互い連絡を取ることはなかった。
兄嫁のことを思い出すとつい憂鬱になって頼ることはなかった。意地悪をされて暮らしたわけではない。
だけど両親が亡くなりそれまで伯爵令嬢として過ごして来たわたしがいきなり平民として暮らすのは難しかった。
自分で服も着替えることが出来なかったし、ましてや家の手伝いなんてしたことがなかった。
妊娠していたお義姉さんにとって何も出来ない手のかかるわたしはイライラしていたのだろう。
意地悪はされないけど……とても不機嫌でそれを隠そうとはしなかった。
『ラフェさん、せめて服くらいは自分で着替えられるようになってください』
『はあー、ここにはメイドなんていないんですよ?食べたお皿は自分で片付けて洗ってくださいね』
何かと小言を言われ続けた。
今ならわかる。平民にとって出来て当たり前のことがわたしには出来なかった。
そんなことすら分からなくていつもあの家でお義姉さんに言われる言葉にビクビクして過ごした。
少しずつ自分で自分のことはできるようになったけど、幼いわたしはお金を稼ぐことはできない。
すると今度は
『シエロの稼ぎじゃ毎日生活するのがやっとなのに、一人増えて生活が苦しいのよね』
『たまにはうちの子達の面倒でも見てくれないかしら?』
『ラフェさんには少しも遺産は残してくれていないの?』
など自分が思ったことは素直に口に出す人だった。
わたしは兄さんの家で笑うこともなくなり、ひたすらお義姉さんの機嫌を損なわないように生活した。
兄さんはそんなわたし達のことを知っていたのかしら?いつも忙しそうにしていてあまり家にいなかった。平民になり仕事を立ち上げ家族を守らないといけない重圧はとても大変だったんだと思う。
仕事を始めたばかりで忙しく、両親が亡くなり伯爵の地位を返上してわたしを引き取ってからの日々はさらに大変だったのだろう。追われるように過ごしていた。それこそ家庭を顧みないで。
そしてお義姉さんに対して『少しは気を遣ってやってくれ』とわたしに言った。
その言葉は子供の頃のわたしにとっては悲しくて今も忘れられない。
わたしはわたしなりに必死だった。慣れない生活、両親の死を悲しむ余裕すらなくて。
それからはあの家族の中にいても一人ポツンと過ごすようになった。
特に酷いことをされる訳でもなく、意地悪もされていない。無視された訳でもない。だけどあの輪に入ることはできなかった。
だからエドワードが亡くなってからも頼ろうと思ったことはなかった。
そんな兄がわたしに会いに来た?
なんのために?また不機嫌になるのかしら?問題ばかり起こしてと呆れられるのかしら?
アレックス様が連絡してくださったのだと思う。アレックス様はとても優しいんだけど、どうしてかしら?わたしの事情も知っているのに……わたしどう向き合えばいいのかしら?
アルバードのことを伝えに来てくれたのかしら?少しでも様子がわかれば……
話すこともなく一人で過ごすこの空間に苦手な兄が来る。それだけでわたしは動揺してしまう。
だけどもう弱いだけのわたしではない。
アルバードを守らないと、強くならないと、心を必死で冷静に保つように自分に言い聞かせた。
コンコン。
「面会の方が決ております」
「……はい」
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