第61話  グレン

 ◆ ◇ ◆ グレン



「やっと着いた……」


 辺境伯家のタウンハウスに着いた。必死で馬に乗り少しの仮眠だけでなんとか辿り着いた。


 門番が俺の顔を見ると

「グレン様?………ア、アル様が大変なんです」とすぐに俺の顔を見るなり訴えた。


「とりあえず効果のある薬を持ってきた。話はいいから通してもらえるか?」


「あっ、はい、どうぞ」

 門番は俺がここに来た理由をすぐ理解して門を開けてくれた。


「馬を頼む。夜通し走ったんで腹も減ってるし疲れてると思う。労わってやってもらえないか?」


 俺は愛馬の頬を撫でて「ありがとうな」と礼を言って門番に馬を託した。


 玄関に着くと執事が俺を出迎えてくれた。


「グレン様お待ちしておりました」


「詳しい話は後でいい。とりあえずアルの様子をみたい。あと医者を呼んでくれ」


「かしこまりました。すぐにご案内いたしますが、まずは風呂に入って体をキレイにしてください。アル様にばい菌が移ります」


 俺はそう言われて自分の手や服をみた。


 汚れて手は真っ黒、服は土埃と何がついているのか分からないくらい汚れていた。


 仮眠をとるのに適当な木の下で寝転がったし、飯は露店を見つけては適当にたくさん買いこんで休憩の時に一気にかき込むように食べた。


「あーっ、とりあえず風呂に入る」


 俺は執事に言われた通りにすぐに湯に浸かった。


 体はかなり疲れていた。湯に浸かれば睡魔が襲いかかってくる。簡単に入浴を済ませ服を着替える。


「アルのところへ早く案内してくれ」

 俺はイライラしながらアルの部屋へと急ぎ足で向かった。


「こちらです」


 客室に案内され中に入ると、苦しそうに肩で息をしているアルがベッドに寝かされていた。


「アル?」


 俺は静かにアルのそばに行き、手を握った。


 小さな体はさらに細くなり頬もこけてとても苦しそうだ。その手は俺を見て少しだけ握り返してきた。


「医者は?」


 後ろで控えている執事に聞いた。


「もうすぐこちらにくると思います」


「わかった…辺境地の医者から貰ってきた薬がある。これをアルに飲ませてくれ。向こうでアルと同じ薬を飲んだ者達を治した薬だ。間に合ってくれたらいいのだが……」


「わかりました。すぐに飲ませます」


「いや、俺が飲ませよう。水を頼む」


 俺はアルを抱っこして水をそっと口に含ませた。


「アル、薬を飲もう、これを飲んだら治るから、そしたらおかあしゃんに会えるぞ」


「……お…かあしゃ………あい…た…い……」


 とても小さな弱々しい声だった。

 アルがコクンと頷いて口を開けた。


 苦くて大人でも嫌がる薬をアルは、ゲホゲホっとむせながらもなんとか飲み込んだ。


「アル、えらいぞ、いい子だ。頑張ったな」


「……う、ん………」


 俺に心配かけないように頑張って笑おうとしたアル。だけどその笑顔はあまりにもきつそうで弱々しくて俺はアルの前で泣きそうになった。


 そしてベッドに戻して寝かせると、アルが寝付くまで手を握りそばにいることにした。


 荒い呼吸と青白い顔はまだ変わらない。薬を飲んだばかりなのでそんな簡単に効果が現れるわけがないのに、俺は「なんで効かないんだ!」と舌打ちをしてしまった。


 執事に話を聞いていた医者は部屋に入ってくるとすぐにアルを診てくれた。


「効果が現れるのに数日はかかると思います。この薬が効いてくれれば、助かると思います……あとはアル様の体力次第です」


「はっ?助かるんだろう?」


「かなり体が弱っております。今もまだ生死の境を彷徨っている状態です」


「嘘だろう?助かるはずだ!」


「申し訳ありませんが助かると断言はできません」


 俺は掴みかかりそうになった。


 横から執事が俺の体を手で押さえ込んで


「グレン様、アル様の生きたいと思う気持ちを信じましょう」


「……すまない、ずっとアルの命を助けるために努力してくれたのについムキになってしまった」

 医者に頭を下げて謝った。


「私たち医者は無力です。目の前でこんなに苦しんでいるのに助けてあげることはできません。最後は本人の生命力なんです。せめて母親に会わせてあげることが出来ればもう少し気持ちも元気になれるのに、警備隊は酷いものです」


「わかった、急いでラフェを連れ出してくる。それまでアルを頼む」

 俺は医者と執事に頭を下げた。


 薬を飲ませたとは言え予断を許さない状態だ。


 いつ状態が悪化するかも分からないらしい。


 俺はラフェを助けるために、警備隊のところへ向かうのではなく別のところへと向かった。



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