第16話  ラフェ

 ◇ ◇ ◇ ラフェ


 玄関から出ようとした時、


「おい、何歩いて帰ろうとしているんだ?」


 今帰ってきたばかりのグレン様がわたしのふらつく体を支えて抱き止めてくれた。


「フラフラしてるじゃないか?こんな状態でアレックス様が一人で帰そうとしたのか?」


「違います、息子が待っているんです、早く帰らなきゃ泣いています」


「一人で?」


「隣のおばちゃんの家で待ってます。みんなにも迷惑かけてしまいます」


「あーーー、もう、息子が心配なんだ?自分の体は?そんなふらついて家に帰るの?歩けるわけでもなく?」


「…………どこかで辻馬車を見つけます」


「ねぇ?あんたさ、アレックス様なり俺なり、ここの使用人なり、誰でもいいからあの襲われている時みたいに「助けて」って大きな声出しなよ。そしたらみんななんとかするよ。なんで一人で必死になるんだ?

 あんた見てるとイラつく。一人で不幸を背負ってるみたいな顔してさ」



「そんな……助けていただいてありがとうございます、帰ります」


 グレンさんの手を振り解いて玄関を出た。


 ここから歩けば1時間もかからないで家に辿り着ける。


 昼間になると少し気温が上がる。


 早めに歩いて帰ろう。市場で買い物は出来なかったけど、途中どこかで少しだけでも食材を買って帰れば二、三日は暮らせる。


 その間に体調を戻そう。


 グレンさんのキツイ言葉に傷ついたわけではない。ただ……人に甘えることが苦手なのだ。


 もし甘えたらもう一人で立っていられなくなる。近所の人たちの優しさに甘えてはいる。だけど自分なりに一線引いて、無理なことはお願いしない、自分で出来ることは頼まない、そう決めて過ごしている。


 赤の他人のわたしがアレックス様にこれ以上ご迷惑をおかけするなんて出来ない。


 歩き出して半分くらい頑張って歩いただろうか……フラフラする。お腹の痛みと暑さで頭もボーッとする。



 辻馬車に出会うこともなくとりあえず歩いた。


 楽しそうに歩く親子。

 幸せそうな恋人同士。

 友人と楽しくおしゃべりするわたしと変わらぬ年頃の女性。


 すれ違うたびに惨めになるのは今日のあの男達に襲われそうになった恐怖からなのか。

 それとも誰も助けてくれなかった絶望なのか。

 最後ギリギリで助けてくれたアレックス様とグレン様。その優しい二人に最後は意地のように頑なな態度を取ってしまった。



『あんた見てるとイラつく。一人で不幸を背負ってるみたいな顔してさ』


 グレン様のこの一言はわたしの胸に突き刺さった。


 そんなこと自分が一番わかってる。


 素直じゃないし可愛くない。

 だから義姉に疎まれたし、同級生にはアーバンと幼馴染で優しくされているからと嫌われ、エドワードとの結婚が決まった最後の学生生活では、人気者の兄弟のおかげでさらにみんなに嫉妬と妬みでもうほんと面倒臭い日々を過ごした。嫌がらせという名の。



 どこをどう取ったら素直なわたしが出来上がるのか誰かに聞いてみたい。


 別に意地を張ってる訳ではない。甘え方がわからない。自分から甘えたことがないし、甘えていい人がいなかった。


 エドワードは優しかったし愛してくれた。アーバンだって幼馴染としてはとても優しい。


 みんな優しい、だからこそその優しさにどう甘えていいのかわからなかった。


 だから、いつも笑っていた。

 幸せそうに笑っていればみんな安心してくれたから。

 そんな作られた世界で過ごすのはもうしんどい。


 アルバードの顔を見たい。

「おかあしゃん、おっかえりぃ」と言ってくれるあの笑顔が今はわたしにとって1番の薬。


 だけど、もう歩けない。


 お医者様のいう通り熱が上がってきている。


 あと半分。

 あと少し。




「あーーー、意地っ張りのラフェ!」

「ほんと見ていられない。そろそろ座り込むかと思ったらまだ歩けるのか。」


 後ろから助けてくれた二人の声が聞こえてきた⁈


 思わず振り返ると二人がわたしの後ろにいた。


「えっ?」


「えっ?じゃないだろう。そんな体調悪そうにしているのを放っておけるなら最初から助けない」


 アレックス様が呆れた顔をしてわたしに言った。


「ほんとこの子意地っ張りだよな、あんな意地悪言っても泣きもせず怒りもせず黙って俺から立ち去るんだもん」


「グレン、ラフェに酷いこと言ったのか?」


「だってイラつくから」


「イラつくって、本人の前でそんなこと言ってどうする?」


 二人は主従関係にあるように見える。なのに会話がとても親そう。


 固まって黙って二人の会話を聞いていると


「グレンは俺の乳兄弟なんだ」


「そう、だから主人だけど幼馴染だし、友達だし兄弟のような関係」


「同性だと幼馴染もそんな関係でいられるんですね」


 羨ましそうに思わず言ってしまった。



「じゃあ、意地っ張りのラフェ、馬車で送るから」グレン様はそう言うとわたしを抱きかかえて少し先に停まっている馬車まで連れて行ってくれた。


「本当はすぐに馬車に乗せようとアレックス様が言ったんだけど、倒れるまでは気がすむように歩かせた方がラフェにはいいかなと思って」


「……ありがとうございます、本当はもう歩くのも限界でした。どこかで一休みしようと考えていました」


「……うん、かなり体が熱い。熱が上がってる。よくここまで歩いたな、もう少し早く声をかけるべきだった。ごめんね」


「違います。わたしが意地っ張りなんです…………甘え方が…わからないんです」


「うん、あのあとアレックス様に事情を聞いた、知らないくせにきついこと言って反省してる、ごめんよ」


 わたしは馬車で二人に送ってもらうことになった。


 迷惑ばかりかけたけど、二人の優しさに触れて頑なだった心が少しだけ柔らかくなって素直になれた気がする。



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