第15話  ラフェ

 ◇ ◇ ◇ ラフェ


 ーー嫌だ、助けて!


 心の中で叫ぶ。


 周りの人たちは目を合わせようとせず気の毒そうに見ていても助けようとはしない。


 震えるわたしを引き摺り宿屋へと連れて行かれる。


 何をされるのかはもうわかっている。


 別に生娘ではない。

 だけど好きでもない人に抱かれるなんて嫌だ。それも三人もの男達に犯されるなんて。


 震え泣くわたしを見てニヤニヤする男達。


「おいグズグズするな、さっさと歩け」 

「朝っぱらからいい女見つけたな」

「二、三日は楽しめそうだ」


 頭の中でアルの可愛い笑顔が浮かぶ。


 わたしは死ねない。


 あの子を残して。早く帰らなければ。


「だ、誰か、助けて、お願い、助けてください」


 大きな声で叫んだ。


 ーーお願い、わたしはアルバードのところに帰りたい。

 あの子を一人になんてしたくない。


 それでも無情にも宿屋の前についた。


 わたしは宿屋の前で必死で抵抗した。


「やめて!手を離して!なんでこんなことをするんですか!」


「うるせえなぁ、黙れこの女」


 そう言ってわたしのお腹を一人の男が蹴り上げた。


「おい、殺すのは犯ってからだ」


「そうだ、楽しんでからあとはその辺に殺して捨てればいいんだ」


「勿体無いぜ、売って金にしよう」


「まあ、これだけ綺麗なら高く売れるか」


「いや、三人で死ぬまで犯すのも楽しそうだぜ。クスリを手に入れてたっぷり飲ませればこの女も俺たちの言うことしか聞かなくなるんじゃないか」



「へぇ、男三人で女を犯すんだ?」


 力なく半分諦め俯いていたわたしの耳に知らない男の人の声が聞こえた。


「あいつら最低だね」

「うわあ、顔も最低」

 二人の男が軽い口調で話す。


「お前らふざけんなよ」

 男達三人が怒鳴り始めた。


「ふざけているのはあんた達だろう?」

「そうだそうだ!女を連れ込もうとしているくせに」


 そう言うと男達三人を一人の男の人が蹴り上げ、殴りつけ簡単に倒してしまった。


「ほんと、こう言う奴って口だけで実は弱いんだから、ねえ、アレックス様」


「グレン、さっさとそいつら連れて行け」


「ったく、俺こんな汚い男達触るよりそこの綺麗な女の子がいいんだけど、ねえ?」


 わたしを見てにこりと笑う。


「あ、あの、助けていただいてありがとうございました、本当に助かりました」

 必死で頭を下げた。


「おいあんた、怪我してるじゃないか」

 アレックス様と言われていた人がわたしの足を指さした。


「えっ?」


 さっき引きずられた時に抵抗したので足や手に擦り傷ができて血が出ていた。

 それにお腹を蹴られたので実はかなり痛みが残っていた。


「グレン、医者!」

 そう言ってから「あいつ、いなかった」


 頭をぽりぽりと掻いて

「あー、仕方ない。行くぞ」

 とわたしの腕を掴んだ。


「やっ!」

 驚き思わずその手を振り払ってから、ハッとして我に返り

「ご、ごめんなさい、すみません」と謝った。


 実はこの人よく見ると、ううん、よく見なくても貴族だとわかる。


 エドワードのように騎士爵の家系ではなくきちんとした貴族の人に見える。


 言葉は乱暴だけど着ている服は高級で仕立てがいい。靴も身につけている物も高級なものばかり。


 わたし自身は両親が亡くなり平民になったが実は没落貴族だ。兄は両親が事故で亡くなった時冷害で借金を抱えたままの領地を手放し爵位を返して平民として暮らし始めた。


 兄の奥さんは平民で兄も貴族として暮らすよりも平民になり街で会計事務所を開いて仕事をしているのが性に合っていると言って今の生活を楽しんでいる。


 わたしは義姉と性格的に合わないので、エドワードのことがあっても頼ることなく暮らしている。


「あの、助けていただいてありがとうございます。病院へは行かなくても大丈夫です。子供が待っているので買い物をして早く帰りたいんです」


「うーん、だけどお腹を蹴られたんでしょう?何事もなければいいけど体の中のダメージって後から出てくる場合もあるから医者に診せるべきだと思うけど」


 ーーお金が……と言いたいけど貴族の人には平民の気持ちなんてわからない。


 医者に診てもらうことがどれくらいの大変なことか。アルバードのためならいくらでもお金を出せる。でも自分のことなら多少我慢ができる。我慢さえしていればいつかは治るはずだもの。


 わたしが黙っていると


「よし、お見舞い代わりに俺の屋敷で働いている医者に診てもらおう。それならタダで診てもらえる」


「え?」


 そう言うとアレックス様はわたしの手を優しく握り「おいで」と言って馬車に乗せてくれた。


 子供の頃以来の高級な馬車。座椅子のクッションがとても心地よくて全く揺れない。


「俺の名はアレックス・ヴァレンシュタイン。名前くらいは知ってるだろう?たぶん君元々平民ではないだろう?」


「…………わたしはラフェと申します。ヴァレンシュタイン辺境伯様、助けていただきありがとうございました」


「ラフェ……ラフェ・ミュラー伯爵令嬢?」


「それは幼い頃の名前ですね……わたしはラフェです。どうしてその名をご存知なんですか?」

 ずっと忘れていた名前。


 だって両親が亡くなってわたしは平民として生きてきた。


「君の兄は俺の同級生なんだ。君の両親が亡くなった時、援助をするから頑張れと言ったのにあっさり爵位を返して平民になったんだ、あいつは。俺は貴族は向いていないからと言ってね」


「兄さんらしいですね、わたしは元貴族令嬢として育っていません。平民が長かったから。だからどうして元貴族だと思ったんですか?」


「だって立ち振る舞いや貴族と話す時の空気が平民ではないだろう?

 平民は貴族を見ただけで萎縮するのに平静に話してるからね」


「結婚していた人が騎士爵の家庭だったんです。義両親も実家が元々貴族の出なので」


「なるほどね」




 馬車が着いた場所はかなり大きなお屋敷だった。


 さすが辺境伯様のお屋敷。


 屋敷の中に入るとたくさんの使用人がお迎えをしている。


 そして「この人の怪我を治療してやってくれ」と執事に指示を出して、わたしは客間へと連れて行かれた。


 すぐに常駐のお医者様が来てわたしの診察をしてくれた。


 怪我は大したことがなかったのだが、お腹は鬱血して青黒くなって腫れ上がっていた。


「これは酷い。女性の体になんて酷いことをするんだ」


 とりあえず傷薬を塗られ、しばらく安静だと言われた。


「診察していただいてありがとうございます。また後日お礼に伺うと辺境伯様にお伝えください」


 わたしはお医者様にお礼を言い立ち去ろうとした。もう時間がかなり過ぎている。一刻も早くアルバードのところへ帰りたい。


「何を言ってるんですか?歩ける状態ではありません。しばらくはこの屋敷で療養してもらいます」


「お気持ちだけで十分です。息子が家で待っております、早く帰ってあげないと心細い気持ちで待っていると思いますので」


 優しい人たち。だけどわたしとは無縁の人たち。


 同情でおいてもらっても、困るのはわたし自身。アルバードの元に戻りたい。

 早く仕事をしなければ。


 助かった途端もう現実に気持ちは戻っている。


 そんなやり取りをしていると


「ラフェ、そんな状態だ。医者が熱がそろそろで始めると言っているぞ。しばらくは諦めてここで安静にしていろ。お前の息子のアルバードもついでにここにしばらく連れてくればいい。この屋敷は人手なら沢山あるからな。いくらでも面倒を見てやれる」


「そんなわけには行きません。助けていただいて治療もしていただきました。これ以上甘えるわけにはいきません、ありがとうございました」


 わたしは椅子から立ち上がり頭を下げて部屋を出た。


 惨めだ。


 お金がある人にはわからない。


 必死でお金を稼ぎ必死で子育てをする。この屋敷の人達からすれば些細なことで笑ってしまうくらいの稼ぎしかないのかもしれない。だけどわたしはわたしなりに必死で生きている。


 フラフラしながらなんとか階段を下りた。


 すれ違う使用人に頭を下げお礼を言って玄関へと向かった。














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