ルカレッリ医師による補足
トマゾ修道士の記録には重要なところが欠けています。
タダイ修道士の手記には、彼が自殺を決行するところまでしか書かれていません。当たり前のことではありますが、彼の遺体が発見された時の状況については述べられていないのです。
修道院長たちがタダイ修道士の死因、そして遺体を秘匿しようとした本当の理由――それは、発見された当時の遺体の有り様にあります。
トマゾ修道士が書いている通り、タダイ修道士は首を吊って自殺しました。検死を行ったのは私ですが、遺体には確かに頸部を一周する痣や舌による気道の封鎖など、縊死を示す特徴が見られました。重ねて申し上げますが、死因が頸動脈、椎骨動脈の閉塞による脳への血流阻害であることは間違いありません。
ところが、です。
タダイ修道士の遺体が発見されたのは、僧房における彼の私室。彼は寝台に仰向けで寝かされていたのです。その部屋にはロープを掛けることのできる梁の類も無ければ、首吊りに使用したと見られるロープ類そのものがありませんでした。足場に使用されたはずの物も(椅子はきちんと机に収められていました)。ただ、彼の手記だけが床に散乱していました。
その後、極秘で調査が為されましたが、結局タダイ修道士が自殺したと思しき現場は見つかりませんでした。人が首を吊ると糞尿が零れます。それらはどんなに丁寧に片付けたとしても、そう易々と痕跡を消すことはできないはずでしょう。
修道院長は、少なくともそこに、人為的な工作が加えられているとお考えになりました。先に遺体を発見し、移動させた者がいてもおかしくはありませんが、問題はその者が「彼の死そのものに関わっていない」とは言い切れないということです。
あなたもご存知の通り、タダイ修道士が死亡したと推定される夜間、修道院の門は固く閉ざされています。塀は高く、乗り越えることはまず不可能です。ということは、仮にタダイ修道士が自殺ではなかった場合、彼を殺害した犯人は修道院内にいることになってしまう――それは、一人の修道士が自殺という禁忌を犯したことよりも、もっとずっと重大な事態でしょう。
彼はどこで死んだのか?
誰が彼を僧房に運んだのか?
その謎は今日まで明かされていません。
私はそれが人の手によるものだと考えるべきか、それとも超常的な――それこそ悪魔の仕業であった方がいいのか、正直に言って、判断できずにいます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます