第20話 怪物伯の友人
「指輪のサイズ調整も兼ねて、きみを友人に紹介したいのだが」
「めんどくさいなー」
「その町は、通常のエールより泡が三倍の泡モコエールで有名だな」
「ぜひ同行させてください、ご主人様♡」
と、いうわけで。
翌日、ユーリウスが向かったのは鉱山がほど近い麓の町だった。
炭鉱業などがそこそこ賑わっているらしく、町の活気も申し分ない。
なのに、泡モコエールでルンルンしているアイルをよそに、ユーリウスは項垂れていた。
「どうせなら、一から全部俺の手で指輪を仕上げたかった……」
たとえ宝石を手に入れたとしても、指輪に加工するには特殊技能が必要である。
だけど、このユーリウス=フェルマン天空伯。たとえドラゴンの片腕を持とうとも、指輪を制作する技能は持ち合わせていなかったらしい。
そこまで器用だったら、さすがのアイルも引いているが。
「どうして俺は鋳造技術を学んでおかなかったんだ……」
「あなたは何を目指しているのかな?」
「お嫁さんのすべてを俺自身の手で……」
――もうお人形遊びでもしていればいいんじゃないかな。
ふと、そんなことを思ってしまうアイルだが、かろうじて口に出すのをやめる。
自分の失言がきっかけで、この恍惚と何かを妄想している男が、本当に自分を人形扱いしはじめたらたまったものではないからだ。
だから、アイルは話を逸らすべく、腕を頭の後ろで組んだ。
「私は早く泡モコエールが飲みたいんだけどなー」
「待て。とりあえず指輪の受注をしてからだ」
どうやらこの町には代々フェルマン家がお世話になっているという金物屋があるらしい。
彼はアイルの半歩前を当たり前に歩きながらも、深いため息を吐いている。
怪物伯と呼ばれる男が、まさか指輪が作れないからと、こんなにも落胆するなんて。
だから思わず、アイルは情けをかけてしまった。
「どうせ今から身に付けるなら、裁縫技術にしてみたら?」
「どういうことだ?」
その疑問に、アイルは顔を背けながら答える。
「もしあなたがまともなドレスを作れたなら、私、着てあげてもいいよ?」
服に特別こだわりはないアイルである。
そりゃあ、年齢にそぐわないフリフリひらひらのドレスを用意されたら、さすがに困るものの……そういったものは制作に技術も時間もかかるもの。
ならば、いますぐ困ることはないだろうと安易な考えで口にしたものの、想像以上にユーリウスの目に生気が宿っていた。
「今からでも、遅くないのかもしれない……」
「でも、最初はベビー服くらいにしておいてね」
「俺らの、赤ちゃん⁉」
アイルとしては、小さいものからという意味だったのだが……。
顔を真っ赤にしているユーリウスは、まあそういうことを連想したのだろう。
――まあ、生贄として死ぬ覚悟で来たんだから、そういうこともあるかもと覚悟はしていたんだけど。
だけど、それをまた口にすると面倒になるだろう。
アイルはまた話の流れを変えてみることにした。
「ユーリウスはこども好きなの?」
「愛の結晶という意味では、当然憧れを抱いているが……世間一般のこどもに対しては難しい質問だな」
ちょうどそのとき、近くを走っていたこどもが転んでしまった。
一応、道の舗装もされているが、都会に比べると荒い仕事。親の手伝いだろうか、紙袋にたくさん詰まった果物をあちこちに転がしながら、少年が半べそを掻いている。
そんな少年に、ユーリウスが手を差し伸べたときだった。
「ひ、ひぃ、あ、悪魔だあああああああ⁉」
一気に顔を青白くした少年が、一目散と逃げていく。
彼の落とした荷物を拾い終えたアイルは、ユーリウスの背中をポンと叩いた。
「まあ、どんまい」
「もう慣れっこだな。年頃の令嬢からも逃げられ続けたんだぞ? そりゃあこどもなんてもっと逃げるさ」
「開き直ってしまったところがまた同情を誘うね」
――だけど、怪物ではなく悪魔?
まあ、相手はこどもだし。わざわざユーリウスの異名を知らなければ、悪口など多岐に渡るものだろう。実際、ユーリウス自身もそこを気にする様子はなく、手慣れた様子でアイルから少年の紙袋を受け取っては、近くの路面店に預けていた。
「ここが得意の金物屋だ」
「武器屋じゃん」
ユーリウスが足を止めたのは、それこそこどもは怖がって足を踏み入れなさそうな
裏路地の店だった。良くいえば風情があり、悪くいえば古臭いもごつい……そんな老舗の武器屋である。
「たしかに剣もやかんも金属かあ……」
なんてアイルも納得しながらも『武器屋が作る指輪』の完成形を想像しながらユーリウスと共に足を踏み入れたときだった。
「お、おおおおお、おおおおおおおおお⁉」
若店主らしき小ざっぱりした男が、「おおおおお⁉」とユーリウスに突進してきた。
「怪物⁉ 騙されているんじゃないだろうな、女だぞ? どこからどう見ても美少女だぞ⁉ いや……こう見えて実は男だったり――」
「正真正銘の俺のかわいいお嫁さんだ!」
肩を抱いてくるユーリウスの覇気に対して、アイルが「一応、人間種族の美少女です」などとペコリと挨拶してみれば。
若店主はアイルを上から下までジロジロ見てから、わかりやすい愛想笑いを浮かべてきた。
「いやあ、はじめましてお嬢さん。うちは代々天空伯家に贔屓にしてもらっている店なんだけど……いきなりごめんね? まさか、怪物がこんなかわいい女の子を連れてくるとは思わなかったからさ」
――怪物呼びされても、怒らないんだ?
単純にお嫁さんを男扱いされて怒っているだけらしいユーリウスを尻目に、アイルもニコリとわかりやすい愛想笑いを返してみる。
別に気を悪くしたわけではないけれど、話を盛り上げたいわけでもない。
だってアイルは、ただこの町に泡モコエールを飲みに来ただけなのだから。
「それで? 私の指輪のサイズを測ってもらうんでしょう?」
「あ、その前にデザインの確認なんだけどさ――」
そのあと、若店主の進める話の流れは、まさに職人のものだった。
素材の確認や、刻印の確認。デザイン案もいくつか見せてもらったが、どれもシンプルながらに一癖あり、王族御用達の職人と言われても信じてしまうほどのデザインだ。
――それなのに、こんな寂れているのがねぇ。
まぁ、フェルマン天空伯家の御用達というのがステータスといえば、そうなのかもしれないが。だけど店の景観があまりにも悪く、通常ならたとえ全製品受注生産だとしても、店内に見本品が数点でも飾られていそうなのに、それすらない。
――むしろ『怪物伯の御用達』というのが足を引っ張っていたり?
正直、アイルには商売の知識なんてさっぱりなので、ぜんぶ素人の憶測にすぎないのだが。
そんなお店の若店主の顔は、無理やり明るく振舞っているようにも見えた。
「よし、あとは指輪のサイズだな。お嬢さん、手を借りても?」
「あ、はい……」
そして、アイルが手を差し出せば、若店主が見慣れない器具を片手に、アイルの薬指の測定を始める。そんな、何気ない最中だった。
「あ……」
途端、アイルの目の前が真っ暗になり――
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