第19話 宝石言葉は「過去との決別」


 霊峰アイフェル。標高は二千五〇〇メートルほど。


 常に雪が降っており、その頂上では空気の薄さも相まって、こんな場所で魔物と戦うなんて愚の骨頂。たまに骨董目的の討伐依頼があったとて、そんな任務をこなせるのは『勇者』率いる最高クラスのギルドパーティーのみである。


「そういや、天空島の空気はどうなっているの?」

「もちろん、祖竜さまのお力で人間でも生活しやすいように調節しているだわさ」

「なるほどね」


 なんたる万能、祖竜様。

 そんなチート血脈を受け継ぐ怪物伯ユーリウス=フェルマンも、やはり超人的らしい。


「これでトドメだ!」


 ひとり高く跳躍したかと思いきや、その強靭な爪で大鷲の胴体を引き裂いた。

 彼の着地とほぼ同時に落下ダメージを受けた大鷲はそのまま動く気配がない。すぐさま魔素が放出され、あっという間に小さな鳥の遺体へと変化した。


 そんな圧勝を離れた場所から見届けて、アイルはボソッと呟く。


「本当に戦う出番はなかったな」

「あら、やっぱりお嫁さまもあるじを心配して来てくれたの?」

「ノーコメントで」


 またもそんな雑談をしながら、アイルは用意してもらった焚火でコツコツと鍋を煮る。


 中身は今度は赤ワインで。シナモンとクローブはもちろんのこと、砂糖の代わりのマーマレードのジャムを入れる。ついでに城に常備してあったベリーも入れたら、まるでデザートのようなホットワインの完成だ。


 そんな鍋を、リントが満足げに覗き込んでくる。


「よしよし、今度はちゃんと焦がさなかったわね」

「お酒を焦がすなんて神への冒涜でしょ」

「お嫁さまの口から初めて聖女らしい言葉を聞いたわさ……」


 そんなこんなをしていれば、遠くのヴルムがアイルたちを指さしていた。

 それに気づいたユーリウスは、アイルと目が合うやいなや慌てて雪坂を駆けあがってくる。


「アアアアアイル殿⁉ どどど、どうしてこんな所に⁉」

「来ちゃいけない?」

「まさか、俺に差し入れか?」


 ユーリウスの目が雪面の反射光もあって、余計にキラキラしている。

 だけど、アイルはわざとその顔を見ないようにして、鍋をくるくると混ぜていた。


「お酒を飲みに来たに決まっているじゃん」

「わざわざ、霊峰の頂上まで?」

「きりッとした空気の中で飲むホットワインとか最高でしょ?」

「きりッとしすぎて、頬が可哀想なくらい真っ赤だけどな」


 ユーリウスの手袋を外して、アイルの両方に手を当ててくる。

 今まで戦っていたからか、その手がとてもあたたかくて。


 私は思わず、視線を逸らした。


「……仕方ないでしょ。どっかの誰かさんが、あなたが風邪を引きそうだって心配してたんだから」

「そうか、どっかの誰かか」


 ニマニマ嬉しそうなのは、ユーリウスだけではない。

 双子もニヤニヤと見守る中、アイルは視線を逸らしたまま、ホットワインを容器へと注ぐ。


「……はい、どーぞ」

「あぁ、ありがとう」


 そして、ユーリウスは両手で大切にカップを受け取る。

 一口飲んだあとは、嬉しそうに白い息を吐いていた。


「美味いな。まるで心があったまるようだ」

「心より身体をあっためてほしいのだけど?」

「絶対に風邪なんて引かないから安心しろ」

「だといいんだけど」


 投げやりに答えながら、双子にもワインを配って、ようやくアイルもひと段落だ。

 湯気の出るワインをごくごくと飲んでから、アイルは大きく息を吸った。


「今日もお酒が美味しいなーっ!」


 おいしいなーっ、おいしいなーっ……。

 アイルが叫ぶと、木霊する。


 それにみんなでひとしきり笑っていると、ユーリウスが「そうだ」と胸元から包みを取り出した。その中にあるのは、コバルトブルーが綺麗な透明感のある石。


「これを指輪に仕立ててもらおうと思うんだ。どうだ? 気に入ったか?」

「指輪? またずいぶん女の子らしい趣味があるんだね?」

「えっ……」


 その絶句は、ユーリウスだけでない。

 リントやヴルムも目を見開く中で、ユーリウスは手と口を震わせる。


「あの……これは、アイル殿へ渡す婚約指輪で……」


 ――あぁ、とうとうやっちゃったな。


 アイルは視線を逸らして、唇を噛む。

 早く言い訳を考えなくてはならないのに、寒いからだろうか、今に限ってなかなか頭が回らなかった。


 その間に、ユーリウスが悲しげに口角をあげる。


「や、やっぱり、『きみの瞳の色』なんて稀有を狙わず、無難にダイアモンドのほうがよかっただろうか……」

「いや……うん。なんでも。なんでもいいよ」


 アイルは飲みかけのワインを見つめたまま、辛うじて言葉を紡いだ。



 そう――本当に、指輪の石なんて何でもいいのだ。


 だって、そもそも婚約指輪なんてものを貰うだけでも嬉しいのに。

 さらに自分のためにわざわざこんな場所まで危険を冒して、希少な石を狩りに来てくれたとか。



 ――そんな嬉しいこと、どうせ忘れてしまうのだから。


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