第18話 祠の中の姑さま
「これ、ガチの本格的なやつ~~⁉」
薄絹の湯浴み着のみ着たアイルは、ひとりで薄暗い
リントの話によれば、天空島の外れにあるこの祠には祖竜『
――つまり、姑に挨拶するようなものじゃない~⁉
まぁ、正確な姑ならユーリウスの育ての親であるリントが相応しいのだろうが。
「結婚なんてするもんじゃないねー」
伝統なり形式なり。ただただ面倒でしかない儀式である。
それでも、なぜアイルが言われた通りにするのか――その理由はひとつしかない。
「まさか私が、姑と酒を飲みかわす日が来るとは……」
その片手に持つボトルの中身はお神酒。酒である。
中身は希少性の高い白ワインらしい。甘みが強く、アーモンドのような香りがするという。
そんな酒が飲めるのならば、たとえ洞窟の中、ドラゴンの口の中。
祠はそんな広いものではないらしい。
すぐに奥の方からほんのりとした小さな明かりが迎えてくれた。
魔力の光である。それを目視できるだけで、この場の魔力の多さが窺える。
アイルだからこのような場でも平然としていられるものの……一般の人なら魔力酔いを起こしていてもおかしくない。
「なんせ二日酔いのエキスパートだからね」
実際は聖女であるから、呼気から入る魔素の量を調節できるだけなのだが。
残念ながら、祖竜『
「はじめまして。私があなたのご子孫の元へお嫁に来た女だよ」
だって、祖竜は壁一面の化石なのだから。
挨拶も嫌みも返してくれない化石だけど、島ひとつ浮かした上で、さらにこれだけの魔力を未だ保持しているのだ。本当に創世の時代の伝説に他ならないのだろう。
「そんなご子息の嫁だなんて……本当にシャレにならないわ」
アイルは愚痴を言いながらも、目の前の泉につま先を浸ける。
「つめたっ……」
だけどリント曰く、この泉で身を清めながら、祖竜の化石にお神酒をかけ、自分も呑む。
その一連の流れを無事にこなすことで、祖竜『
――多分あれだね。これだけ高濃度の魔力の耐性検査ということでしょう。
そしておそらくこの魔力量が体質的に無理ならば、子孫を生むことができないか、あるいは命がけってことへの指標になるのではとアイルは憶測をつける。
「つまり、このあと二日酔いになれば、自然と結婚は解消されるんじゃ?」
だからこそ、まだ婚姻未契約なのだろう。
どうも彼らの性格からして、子孫を生む道具だけを欲しているわけではなさそうだから。
アイルは小さく笑ってから、ボトルを化石へと傾ける。
「ねぇ、祖竜さま……本当に私なんかがお嫁にきてもいいのかな?」
大切にされていることは、この一週間で身に沁みて理解していた。
だから一応、アイルも甘くて芳醇なお酒を口にするけれど。
杯をかわす相手が寡黙だからこそ、思わず本音が漏れてしまうのだ。
「こんな薄情な私が、誰かに愛されるなんて……」
アイルがそっと化石に触れたときだった。
途端、膝の力が抜けてしまう。だけどすぐに正気に戻ったので、すぐに体勢を立て直すアイルだけど……思わず、アイルは化石に皮肉をぶつけていた。
「こいつ……私を利用する気満々ってか?」
「お嫁さまー、だいじょーぶー?」
そのとき、祠の入り口のほうからリントが声をかけてくる。
――ちょうどいいタイミングだね。
アイルはいつもの調子で声を張り上げた。
「そろそろ冷たいからあがっていいかなー」
「もちろんだわよー」
許可が出たので、アイルは早々に雪のように冷たい泉から上がる。
そして去り際、動かぬ姑に対して中身の残るボトルを振った。
「また一緒にお酒飲もうね……私が覚えていたらさ」
返事の代わりに、周りの魔力の光が淡くまたたく。
「おいし~~♡」
「今日は特別だからねー」
城に戻ると、リントはすぐに温かい飲み物を用意してくれた。
ホットワインである。お神酒の残りに、蜂蜜やシナモン、ショウガ、かんきつ類を足して作ってくれたらしい。蜂蜜のまろやかな甘みと、スパイスたちの刺激感が冷え切った身体に沁みわたる。
暖炉も炊いてくれて、ロッキングチェアーに座ってそれを飲む至福の中。
アイルはフーフーしながらつぶやくように尋ねた。
「ユーリウスたちって、どこに行ったんだっけ?」
「霊峰ね。霊峰アイフェル。そういや、お嫁さまの名前とそっくりだわねー」
「たしか、めちゃくちゃ寒いところだよね。あと
「あら、お嫁さまは物知りねー」
そんな雑談を少し離れたソファに座るリントとしながら。
アイルは小さく笑って、仕方ないとばかりに肩を竦めた。
「このお酒、届けに行こうか」
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