3章 婚約指輪を作ろう!
第17話 婚約指輪と生贄の仕事
◆
「それって、そんなに面倒なことなの?」
「アイル殿は……嫌ではないのか?」
お昼寝の後。アイルはとても渋い顔をしたユーリウスに呼び出されたと思いきや、近日一緒にパーティーの同行を頼みたいと言われた。それに対するアイルの疑問が先である。
「だってお城のパーティーなんでしょ?」
「そうだ」
「ご馳走があるんでしょ?」
「まぁ、そうだろうな」
「つまり、お酒も飲み放題だよね?」
ニッコニコのアイルの頭の中には、お酒のことしかない。
別に貴族に気後れするような性格でもないし、オシャレも嫌いではない。適当に王様に挨拶をして、あとは国一番の酒と馳走を楽しむ――こんなにおいしい仕事もないだろう。
「それで、いつなんだっけ? ドレスの手持ちなんてないから、できれば用意してもらえると嬉しいのだけど?」
「パーティーは二週間後とのことだから……城にあるドレスを着てくれてもいいし、既製品を買ってきてくれても構わない」
「一緒に選んではくれないんだ?」
ユーリウスのことだから、この機会に『お買い物デート♡』などと目を輝かせるかと思っていたアイルである。だけど彼は固い表情のまま固くこぶしを握っていた。
「俺は男の名を挙げに行ってくる――代わりといっては申し訳ないが、アイル殿にも頼みたいことがあるんだ」
そうして、猛々しい様子で出かけたユーリウスとヴルムを見送って。
「ただ宝石を取りに行っただけだわよー」
アイルは律儀にユーリウスが作り置きしていったアイスに、ブランデーをかけて食べていた。まろやかな甘みの中に香る芳醇な渋みがなんとも恍惚とさせてくれる大人のおやつである。
なんと、この食べ方をリントは知らなかったようで。アイルが教えると大層気に入ったのか、リントはどんぶりに抱えて食べている。アイルと同じソファに座って嬉しそうに食べる姿は、まるで妹と錯覚してしまうくらいに可愛らしかった。
「フェルマン家の伝統みたいなものなんだけどね、代々お嫁さまになってもらう人には、その子の瞳の色の宝石が付いた指輪を贈ってきたわけさ。だから、あるじも青い宝石――アウイナイトを取りに霊峰に行ったってわけ」
アウイナイトとは、まさにアイルの瞳と同じコバルトブルーの宝石である。リントの話によれば、希少性の高い代物らしく、世界でも今度お呼ばれしたゲルマニア帝国の霊峰アイフェルにいるアイフェイーグルからしか採れないのだという。
そもそも宝石というものも二種類あり、鉱山から掘り起こすものと、高位の魔物が死んだときに魔素が結晶となって残すものがある。当然、後者の方が価値が高く、『怪物伯』と呼ばれる男はそれを狙っているらしい。
だけど、アイルはそれ以前の疑問が頭をよぎった。
「その作りたい指輪って婚約指輪なの? 結婚指輪ではなく?」
婚約指輪は、結婚前に男性が女性に贈る指輪のこと。
結婚指輪は、結婚してから二人で嵌めるお揃いの指輪のこと。
すでに結婚させられたつもりだったアイルが尋ねれば、口のまわりを汚したリントがくすくすと笑いだす。
「やーねー。お嫁さまはまだ未婚だわよ。あるじは頭が固いから、結婚式までは籍を入れるつもりがないのよ。お嫁さまだって婚姻届にサインしてないでしょ?」
「いやぁ、てっきり司教がてきとーに済ませてしまっているかと」
だって結婚契約の書面を提出・管理するのは各地教会の仕事である。そのボスに売られてきたのだから、てっきり……と思っていたアイルだが、どうやら首の皮一枚繋がっていたらしい。
「じゃあ、私は逃げようと思えば逃げられるわけだ?」
「空飛ぶ天然牢獄から逃げられるならどうぞ?」
「うわー、絶対に逃がす気がないやつ……」
実際、いくら聖女といえど雲の上から飛び降りて無事でいられる祝福なんて使えるわけがなくて。リントかヴルムの協力がない以上、この天空島から逃げる手段などない。そもそも地上に降りたときも、護衛のごとくドラゴンの末裔が付いてくるのだ。
逃げたいなどと思うことが無謀である。
「ま、そもそも生贄なら籍を入れずに餌にする方がラクだもんね~?」
「あんたもその冗談しつこいわねー」
「いやー、怪物伯からの愛情も一過性のものだと思っているからね」
――ご苦労なこって。
アイルは器に残ったアイスとブランデーが混ざったものを飲み干す。
「愛情なんて、どうせアイスみたいにいつかなくなるもの」
「あら、ずいぶんとオシャレなことを言うじゃな~い?」
ウリウリと寄ってくるリントの口周りの汚れを、アイルは手で拭ってやる。
「それで? おやつからお酒を奮発してくれちゃって、私に何をさせたいのかな?」
アイルがそれを舐めながら肩をすくめると、リントは意地悪く口角を上げる。
「大した事ないだわさ――ちょっと生贄っぽいことしてもらうだけで」
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