第16話 ワンチャン狙っているのかと(怪物伯side)
◆
「勇者クルトに会っただと?」
「はい……すみません」
「不可抗力なら仕方ないから謝るな」
どうやらアイルはかなり早朝から朝食の用意をしていたらしく、勝負が終わったあとは早めの昼寝をとることにしたらしい。
なのでその間、執務室で昨日からの報告を受けることにしたユーリウス。
――アイル殿を捨てた男か……。
同じパーティーに在籍していたからといって、男女の仲があったとは限らない。
だけどその面白くない名前を聞くと同時に、さらにヴルムが話しづらそうに報告してくる。
「そのとき、様子がおかしいことがありまして」
「アイル殿が勇者に嫌悪感を示しているとかではなくか?」
「いえ……二人が実は密会しているのではないか」
「はあ⁉」
男女の密会――その単語に、ユーリウスの頭はよしからぬ妄想を膨らませていく。
実は教会に捨てられた後も、夜な夜な逢瀬を重ねていたのだとしたら?
実は二人が恋中だからこそ、アイル殿を危険の少ない教会に置いていったのだとしたら?
「俺のお嫁さんは……不倫しようとしているのか……」
「お嫁さまからそんな甘い雰囲気は一切ありませんでした」
間を入れないヴルムの報告に、ユーリウスは安堵の息を漏らす。
しかし、ヴルムは続けた。
「――が、勇者側はワンチャン狙っているかと」
「処す!」
片思いとはいえ、人の嫁を奪おうとする男は誰だろうと許すまじ。
勇者だろうが王様だろうが、全員ドラゴンの爪の餌食にするつもりのユーリウスである。なんたってお見合い三十連敗の末に掴んだ、好みど真ん中のかわいいお嫁さん。しかもドラゴンが従者だったり、その片方が元は乱暴だと知っても、まるで態度を変えない逞しいお嫁さん。
――絶対にとられてたまるか!
ユーリウスの右手が疼いていると、「入るわよー」とリントがお茶を持ってやってくる。
ちょうどその時に電話がジリジリと鳴って。
リントがお茶を配りながら「はいはーい」と取った。
「あらエガちゃん、久しぶりだわねー」
この電話と呼んでいる黒い物体は、何千年前からフェルマン家で使われている遺物である。
ドラゴンの魔力を使って遠隔地の通信することができる画期的な代物で、この天空城と、地上のエーデガルト帝国の王城で繋がれている。これは、かつての祖竜がエーデガルト帝国の姫と結ばれたことから、いつでも地上の両親と連絡がとれるようにとの計らいで作られたものだとユーリウスは聞かされていた。
それを、今も遠すぎる親戚筋の連絡手段ということで、手軽に使っているのである。
今のエーデルガルト皇帝は、ある意味ユーリウスの伯父のような存在であり、特に両親が亡くなってから何かと気にかけてくれるありがたい存在である。
だけど、少しうんざりと言った様子でリントの持ってきたお茶を飲んで待っていた。話が長いのだ。
――俺が出ればよかったな……。
おしゃべり好きな皇帝とリントは特に仲が良く、「エガちゃん」「リンちゃん」と暇さえあればよく長電話している仲である。
なので、その間はユーリウスらも雑談して待っているしかない。
「そういや、アイル殿は朝から温泉に入っていたのか?」
「はい。煙の臭いを気にされてまして。でも、それを理由に温泉に入れることを喜んでいましたね。『もうこんな素敵なものは忘れられないわー』なんて言ってましたよ」
「そうか……俺と温泉、どちらのほうが好いてもらえているだろうか……」
何気ない呟きに、電話中のリントがポンッとユーリウスの肩を叩いてくる。
どうやら器用にユーリウスらの話も聞いていたようだ。
そんなリントの気遣いに、ユーリウスはこっそり涙を零すが。
だけど、リントの喋るトーンがだんだんと下がっていく。
「じゃあ、あるじにも伝えておくだわさ……」
そしてカチャンと受話器を置いた時だった。
「めんどくさいことになったわよ……」
リントの珍しいため息に、ユーリウスとヴルムは目を丸くする。
だけどその話を聞いた途端、ユーリウスとヴルムも頭を抱えることになる。
「結婚記念パーティーを開いてやるから、お嫁さまを見せに来いってさ……」
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