第14話 笑止千万!
アイルはかわいい十八歳の少女である。
桃色のロングヘアに、ぱっちりとした青い瞳。小さな鼻と口に、可憐な手足。
酒癖が悪いが、そんなの酒を飲ませなきゃいい話。
つまり、奴隷として売り飛ばすにはそんな欠点は関係ないのだ。
「へへ、いくらで売れるかね」
「おかしら、その前に味見は? 味見は?」
「バーロー。急がなくても……どうせ客のところに着くまで数週間はひとつ帆の下だぜ?」
――海賊か。
どうやら自分のことを遠くへ売り飛ばそうと画策している相手を前に、アイルはのんきに肩を回す。
「私、腕っぷしもそれなりに自信があるよ?」
「ご心配なさらずとも、この程度をミンチにするのに秒もかかりません」
「原型はとどめてあげてね?」
アイルも元勇者パーティーに在籍した聖女だし、ヴルムに至っては伝説のドラゴンである。
目の前の海賊四人がどんな名だたる悪党か知らないが……目の前で下衆な会話を繰り広げるような相手が、ドラゴンを倒せるとは到底思えない。むしろ、ヴルムがやりすぎた際に治療する必要がありそうなくらいである。
なので、当人がまったく動じていないにも関わらず、慌てている人物がひとり。
「アイルウウウウウウッ!」
屋根から飛び降りてくる彼は、背中に後光を背負っていた。
華麗な着地の後に剣を構える姿は、まさに勇者。
正真正銘の勇者クルトが、アイルを守るために馳せ参じたのだ。
「彼女に傷つけようなど、オレが許さない!」
――かつてあなたが私の心を傷つけたんだけどね?
アイルも三年苦楽を共にしたパーティーから脱退を言い渡された悲しみは今も覚えている。
そんなやつが、今どんな顔でカッコつけているのか。
――まぁ、カッコイイ顔をしているんだろうな。
と自己解決しながら、壁際にしゃがみこんで傍観することに決めた。
二十秒もかからなかったのではなかろうか。
ヴルムとしりとり三往復したところで、クルトが「大丈夫だったか?」と汗をきらめかせて聞いてくる。抜いた剣はただの牽制だったらしい。地面に這いつくばる海賊たちを全員こぶしでのしたようだ。それならアイルの出番もない。
「大事はないか?」
あるわけがない。なんたってしりとりしてたくらいなのだ。
だけど後光を背に手を出しだされた以上、その手を借りるのが礼儀である。
「ありが――」
途端、立ち上がろうとしたアイルが膝から崩れる。
それを瞬時に受け止めたのがクルトだった。
「アイル⁉」
「いや……大丈夫。今回は大したことなさそうだけど……次がワイバーン討伐なら、鱗が飛んでくるから注意してね」
「あぁ……あぁ、ありがとう。アイル」
アイルの助言に、クルトはなぜか涙ぐんで。
だけど、見つめ合う美男美女を黙って見過ごす従者などいなかった。
無理やりアイルをクルトから引き離し、ヴルムは勇者を睨みつける。
「さっきからどういうつもりですか? あなたは一度お嫁さまをお捨てになったんですよね? ……片腹いてぇぞ。
「ヴルムくん、素、素」
再びあふれ出る黒い魔力と粗野な言動は、再びアイルのツボに入る。
だけど、肝心の男二人は威圧し合うのみだった。
「……おまえのような子どもに話すことではない」
「ハッ、笑止千万!」
次の瞬間、思わずアイルの引き笑いがひゅっと止まる。
彼がアイルを抱えて高く飛び上がったからだけではない。その背中から強靭な飛竜の翼が広がったから。しかもヴルムは五歳やそこらの幼児ではなく、アイルより年上の凛々しくも野性味のある美青年になったのだ。
それに驚いたのは、眼下のクルトも同様だった。
「まさか……おまえは伝説の――」
「じゃあな。せいぜい二十年くらいしか生きてない小童め!」
そのまま高笑いをあげたヴルムはアイルを抱えたまま高く舞い上がり。
もちろん天空城に戻ったときには、我に返って落ち込むのだった。
「近くの港町に竜人が現れたと噂になっているがどういうことだ⁉」
膝を抱えてしょんぼりしている幼児を、思いっきり怒鳴りつける怪物伯。
その姿だけではとんでもねー光景だが、内情を知っているアイルは笑い転げるだけだった。
「まぁまぁ、私はけっこう楽しかったよ?」
「……アイル殿が、そういうなら」
怪物伯ことユーリウスは、アイルの仲裁をあっさり受け入れる。
なんたってアイルは彼の背中に触れたのだ。そのほのかな温もりだけでユーリウスの内心はドッキドキである。
――多分ね。
すでに怪物伯の扱いに慣れてきたアイルがほくそ笑んでいると、ユーリウスは「それで?」と尋ねてくる。
「朝食メニュー対決はどうする? 延期するか?」
「え、朝食メニュー?」
「なんだ、お互いが気に入る朝食を作り合う約束だっただろう」
「あ……あぁ、そうだったね」
アイルは口角をあげて「もちろんやりますとも」とユーリウスの背中を押した。
「というわけで、これから作戦会議をするからさ」
鎧を着てなくてもがっしりとした背中が、あっさりとアイルに押されてくれるのはあんがい楽しい。
それはともかくも、心残りありそうなユーリウスを部屋から閉め出せば、相変わらず丸くなったままのヴルムが謝罪を口にしてきた。
「すみません、お嫁さま。ぼくのせいで、何も……」
「ユーリウスって、なんだかんだお坊ちゃんなんだよね?」
いきなりの質問にヴルムはポカンと口を開けた。
「まぁ、あれでも天空伯の嫡子でしたから。大切に育てたつもりですが……」
「じゃあ……さっきの港町におつかい頼んでもいい?」
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