第13話 勇者との再会
「アイル……本当にアイルなのか……⁉」
「えぇ、久しぶり……だね」
かつて自分を捨てた男。
別に色恋があったわけではないけれど、アイルと勇者クルトの関係を述べるなら、どうしてもその言葉に尽きてしまう。
だって彼はパーティーのリーダーで、自分はただの補助役でしかなかったのだから。
――別に未練があるわけでもないけどね。
旅していた頃の、楽しかった記憶なんて残っていない。
だけど捨てられてからおよそ一年ぶりの再会はやっぱり気まずい。
アイルが煮え切らない返事をしていると、ヴルムがアイルの手を引いてくる。
「その方は?」
「あぁ、正真正銘の勇者クルト様だよ。まさか本当に同じ町にいるとはね……」
――まいったな……。
ヴルムの顔がまるで警戒を隠していない。
三角関係のような状況にアイルが戸惑っていると、今度は勇者クルトが眉をしかめてくる。
「その子どもは教会で面倒みているコか?」
「いや、私もう教会を出たんだよ」
「えっ?」
――やっぱり聞いてないかぁ。
まぁ、無理やり嫁がされて一週間だ。旅をしているクルトが耳にしていなくて当然ともいえる。驚いているクルトに対して、ヴルムは粛々と頭を垂れた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。アイル奥様の使用人、ヴルムと申します」
「アイルが、奥様っ⁉」
アイルの予想通り、クルトは寝耳に水とばかりに声を荒げた。
「どういうことだい⁉ 奥様って結婚……もしや愛人として誰かに買われたとか⁉ いくらだ? 金が必要ならオレがいくらでも用意しよう!」
「たはは~」
――これ、水晶一個分といったらガチで倍の金額で買われるやつでは?
もちろんクルトとはだてに三年間旅をしてきていない。彼の人柄は『勇者』の二つ名にふさわしい、善意と人徳の権化だということはアイルも覚えているのだが。
握られた手が痛い。勇者という名に相応しく、彼は一見細いのに一般人より力が強いのだ。彼は無意識なのだろうが、そんな男にぎゅっと掴まれたら。
その時、視線より下から野太い声が響く。
「うちの大事なお嫁さまに触れてんじゃねーぞ。
「へ?」
――あら、既視感。
ヴルムから黒い魔力が漏れている。それはリントとそっくりの魔力だ。本気で怒りを露わにしている分、もっと迫力があるほどに。
当然、そんな魔力に勇者が気づかないはずがない。アイルから離した手が「何者だ⁉」と剣の柄にかけられる。
――いやぁ、待って?
こんな町の往来で勇者VSドラゴンの大決戦を繰り広げるのは勘弁である。
アイルはなるべく二人を刺激しないように、呼びかけることしかできなかった。
「あの、ヴルムくん?」
「行くぞ」
しかし姿からは想像できないほど勇ましい声で、今度はヴルムがアイルの手を引き歩き出す。
小さくても力強い手だが……その手はアイルが痛がらないよう、加減してくれていたから。
周囲からの「どんな修羅場だ?」という好奇の視線が痛いけど、その優しさに免じてアイルは文句を言わないことにする。
ヴルムに連れていかれたのは路地裏だ。
人気のない場所に着いた途端、ヴルムが頭を抱えてうずくまる。
「あ~~~~っ。やってしまった……」
「もしかして、さっきのが本性ってやつ?」
涙ぐんだヴルムがコクリと頷く。
その愛らしさに、アイルは笑いを堪えることができなかった。
「あははははっ、勇者相手に小童か! たしかにドラゴンに比べたら、しょせん二十年くらいしか生きていない人間はどんな英雄も小童だもんね~!」
ギャップがツボに入って笑い転げていると、ヴルムは泣きそうな顔でアイルを見上げてくる。
「あの、このことはあるじとリントには内密に……」
「なんで? 長い付き合いなんだから本性知らないとかはないでしょ?」
出会って間もない自分ならともかく、リントなんて下手したら何千年の付き合いなのではなかろうか。その不思議をアイルが尋ねれば、彼はモジモジと話し出す。
「過去に粗野なおれの言動でお嫁さま候補を怖がらせてしまったことがあって……控えるように言われていて……」
「ふふっ、そーなんだ?」
だてに冒険者なんてしてなかったアイルだ。粗暴な男性に今更驚く、可憐な令嬢とは訳が違う。だからアイルは怖がるヴルムを落ち着かせるため、彼の頭を撫でることにした。
「気にしないで大丈夫だよ。こんな面白いこと、どうせすぐ忘れちゃうから」
「え?」
「あーあ、おっかし……いっそのこと私のことも『小童』って呼ぶ?」
「もうからかわないでください……」
だけど、その時だった。人気のない路地裏に、人の気配。
「お、こんな所にかわいい姉ちゃんがいるじゃねーか」
どうやら裏酒場にでも繋がっていたらしい。
本物の粗野な男たちが、アイルたちを見てニタニタ醜い笑みを浮かべていた。
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