第7話 とろとろのフレンチトースト
「ジャンジャン酒を持ってこーいっ!」
宴会は最高だった。
ライスワインを始めとした数々のお酒はもちろん、様々な珍味も用意されていた。生魚なんて初めて食べたし、まさか生肉もあんな美味しく食べられるとは思わなかった。お肉の臭みも甘辛いタレと卵黄で合わせるとあんな旨味に化けるとは。
「あはは~、このご馳走にも毒が入ってるの?」
「きみもくどいな。俺ら三人で頑張って用意していたんだ。口に合わない物もあるだろうから、遠慮なく言ってくれ。今後の参考にする」
ユーリウスも疑われることに慣れたのか、アイルの言葉をあっさりと流すようになっていた。
馳走は何もお酒のつまみだけではない。バーサクラムという羊の魔物の焼肉はエールに合うし、ライチョウのポアレは赤ワインに合う。付け合わせの野菜も丁寧に下処理されて、白ワインをより美味しくさせてくれていた。
お酒が進めば進むほど、アイルの口はどんどん回る。
「このお城まだ一部しか知らないけど、三人でどうやって管理しているの?」
「めったに来客があるわけではないから、管理というほど何かすることはない。老朽化などもしないように祖竜の魔力が働いているから、毎日少しずつみんなで掃除をするくらいだな」
「お庭も昔から季節ごとに色んな花が勝手に咲いてくれるからラクなもんよ~。世界各地の花が楽しめるからね。お嫁さまも楽しみにしていてね」
そんな話を聞いて、アイルは「ふーん」と何気なく言ってみる。
「ホテルとか経営したら、多くの人が喜びそうだね」
「ホテル? 見合い相手すら来るのに渋る空飛ぶ島にか?」
「いやぁ、それは結婚とか話が重いからで……もっと気軽に観光とかさ、いいかなって思っただけだよ。あんな広くて立派な露天風呂? も、ずっと三人だけってのも勿体ないでしょ?」
すると、ユーリウスがわざとらしく咳払いした。
「も、もう、四人になったんだが?」
「あ、あぁ……」
言わずもがな、増えたひとりはアイルである。
――うん、この話はやめよう!
即座に話の流れを変えるべく、アイルは寡黙な執事っこに目をつける。
ユーリウスとリントはけっこう喋るようだが、執事っこヴルムはもくもくと食事を食べ続けていた。マナーが綺麗で、まるでどこぞの裕福なお坊ちゃんのようである。
そんなヴルムに、アイルは話しかける。
「ヴルムくんはお花見ってしたことある?」
「おはなみ、ですか……?」
「そう、私も話にしか聞いたことないんだけど、世界のどこかにサクラっていう花が咲いているらしくってね。その下で飲むお酒がサイコーに美味しいんだって!」
そう話していると、首を捻ったのはユーリウスだった。
「サクラか……そういやサクラだけはうちの島にもないな」
「種からでもできなくはないけど、基本は挿し木か接ぎ木するものだからね。せっかくなら今度植えてみる?」
「いいな、結婚記念か!」
やっぱり話を盛り上げるのはユーリウスとリントらしい。特にユーリウスは自分で言った言葉に自分で照れている。だけどそんな中でヴルムも小さく笑っていた。
「それでは、どこのサクラが綺麗か資料を用意しておきますね。今度お嫁さまのご意見をきかせてください」
「うん。楽しみにしているね」
アイルがそう笑い返すと、男のクツクツとした笑い声が聞こえる。当然ユーリウスだ。
「フフッ、結婚記念。俺、結婚したんだなぁ……」
彼もお酒が進んでいたのだろう。紅潮した顔でうっとりとアイルを見つめていた。
「俺のお嫁さんが楽しそうにしてくれてよかったなぁ……」
しみじみと、そう呟くと。
バタンッと彼は急にテーブルに突っ伏す。すぐさまスース―と寝息を立て始めるからに……どうやら酔って眠ってしまったらしい。
あまりのプツッと感にアイルが驚いていると、隣のリントがケラケラと笑っていた。
「今日はこのくらいでお開きにしようかー。ごめんねー。このコ、あまりお酒飲みなれていなくってさー。ちょっと寝かしつけてくるわー」
体型五歳な少女が二メートル近くある大男をあっさりと横抱きにして、器用に運んでいく。そんな後ろ姿を、アイルは指をさして大笑いしていた。
翌朝、気が付いたらアイルもどピンクなベッドで目覚めた。
どうやって寝室まで着たのか覚えていない。
ズキズキと痛む頭は、決して部屋がピンクで大洪水を起こしているからではないだろう。
「飲みすぎた~」
二日酔いである。昨日は色々なことがあってすっかり忘れていたが、そういや一昨日もお酒で失敗したばかりだな? 連日の深酒。そりゃあ二日酔いも悪化するというもの。
「うぅ、気持ち悪い……」
たとえイライラしないピンクの部屋とて、超一級品の家具たちだ。さすがに吐しゃ物で汚すのは申し訳ないと、よれよれと洗面所まで向かおうとした時だった。
「起きたのか、俺のお嫁さん!」
通路で真っ先に出会ったのが怪物伯ユーリウス=フェルマンだ。
昨日彼はアイルよりも先に潰れたくせにとても顔色はよく、今日もエプロン姿で片手にはフライ返しまで持っている始末。
そんな銀髪美形で筋肉質な美丈夫が笑顔で告げてくる。
「今朝はフレンチトーストを用意したぞ! シロップも手製して――」
「あ、無理。食べられない」
うっぷと口から漏れ出そうになるものを懸命に我慢して、アイルはヨレヨレとユーリウスの横を通り過ぎる。そうか、この甘ったるい匂いはフレンチトーストか。朝から卵とミルクの両方を使った料理とはずいぶんとおしゃれである。今のアイルは忌々しいとしか思えないが。
だけど、ユーリウスはそんなアイルの手を引き留める。
「ひ、一口だけでもいいんだ。どうだ? フォークで持ち上げられないほどのトロトロだぞ?」
「いや、だから甘い物は好きじゃないって……」
「三種のベリーをくつくつ煮込んだ特製ソースだぞ⁉」
「二日酔いの時に甘い物とか拷問でしょ……」
「二日酔い? そんなに飲んだのか⁉」
――私より早く潰れた人に言われたくないんだけどなぁ。
だけど、これ以上口論している余裕すらない。気持ち悪いのだ。
「おい……そんなに具合悪いのか?」
ユーリウスがアイルの肩に手を乗せ、顔を寄せた時だった。
アイルの瞳がキラキラと色を変える。途端、彼女は急にがくんと膝から崩れ落ちて。
「おいアイル……アイル殿⁉」
ユーリウスがどんなに揺さぶっても、アイルは目を覚まさない。
ただアイルの耳にはぎりぎりまで自分を呼ぶ男の声が聞こえていた。
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