第4話 きみの本気

「どうしよう。俺と三上が付き合ってるとかいう噂が出回ってるらしいぞ……!」


「えっ」


「ヤバい! 三上の本命に知られる前に、なんとか火消ししないと……」


「ちょっと、東雲!?」


 俺は三上の手を取って、急いで水族館を出た。本来ならば帰りの道すがら、デートの感想を話しながら告白するっていうプランもあったんだが、今はそれどころではない。


「ここまで来れば、人もいないか……」


 町外れのひとけのない公園まで来ると、俺は青い顔で告げる。


「噂が落ち着くまで、告白練習はナシだ」


「へっ……?」


「『へっ?』じゃないだろ、バカか! 俺たちが付き合ってるなんて噂が三上の本命の耳に入ってみろ! この練習も三上の想いも、何もかもが台無しになっちまうじゃねーか!」


「それ、は……」


「もしくは、告白練習はここまで。今日で終わりだ」


 短く、唇を噛みながら。それでも真剣に告げると、三上は悲しそうにまつ毛をしばたたかせる。


「そんなの、ヤだよ……」


「何がイヤなんだよ……」


「今日で最後なんて、イヤ……」


 そうして、わずかに潤んだ瞳でこちらを見据える。

 だが。そんな目で見られても。これは三上のためなんだ。

 「俺だって、イヤだよ」。その台詞を飲み込んで、俺は三上を突き放した。


 軽く、とん、と肩を突いて押しのける。


「ちょっとの間だったけど、楽しかったぜ。三上」


 どうせ今日で最後なら。笑おう。

 そう思って、俺は三上の頭をくしゃりと撫でた。これ以上ない、から元気の笑顔で。


 三上は何を思ったか、撫でられた頭をしばしおさえていたかと思うと、ちょいちょい、と内緒話をするように手招きをする。


「ねぇ。ちょっとだけ、耳貸して」


 頭をさげろ、ということらしい。

 俺は腰を落として、三上の顔の位置まで自身の顔を持っていく。


「目ぇ、瞑って」


「?」


 言われるままに目を瞑ると、三上はそっと俺の頬にキスをした。


「っ!?」


 思わず身体を仰け反らせると、三上は強引に俺の襟元を掴んで。


 今度は、口にキスをした。


 ……時間が、止まったのかと思った。


 三上の顔越しに見る夕陽が、まるで映画の中の世界のように思える。

 その橙があまりに綺麗で、綺麗すぎて……

 これは現実ではないのではないかと。もしくは、幽霊にでもなったような心地だった。ふわふわと、形容し難い浮遊感が俺を包む。


 自身に起きている出来事がまるで理解できないでいると、三上は「ぷは」と小さく息を吐いて、唇を離す。


「好きだよ。キミが好き」


「……は? こんなときに、練習なんてしてる場合じゃな――」


「練習じゃあないよ」


 まっすぐに、夕陽と俺を映したその瞳を前にして。俺は、動けなくなってしまう。


 三上はそんな俺のことなど気にせずに。


「私が絶対に失敗したくない告白相手はキミだよ。東雲裕太」


「…………」


「こうやって告白の練習をしていれば、いつかキミが本気になってくれるんじゃないかと期待してた。私とキミが付き合っている噂? それこそ、私の望んだものだよ」


「それって、どういう……?」


「まだ気づかないの? ……ばーか」


 そう言って、三上はもう一度口をつける。

 そうして、にやりとイタズラっぽく笑って。


「こういうことだよ、朴念仁」


 今まで見たどんな笑みより意地悪く、三上は笑ったのだった。


※あとがき※

 五話完結の短編です。一日一話更新予定。

 お楽しみいただけると嬉しいです。


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