05 あれから1年

 あれからそろそろ1年が経つ。

 彼が彼のお兄さんを探しに行ってから。


 彼がいなくなって、最初の数日は寂しさもあったけれど、前世の分も年を取っているからか、すぐに気にならなくなった。逆に、録音した声を聞くと無性に会いたくなるから、聞かないようにしているくらい。


 何か違いがあったかと言えば、薬師の老婆がたまに世間話をしに来るようになった。

 彼女の話はいつも新鮮で、塔に籠りきりの私にはありがたい。婆さんの戯言と彼女は言うけれど、とんでもない。彼女の話はいつも新しい発見と冒険に満ちている。


 あるいは、彼もそんな冒険をしているのかもしれない。

 今から、その話を聞くのが楽しみだ。



 そうやって、私がいつものように研究をしていると、ドアをノックする音と共に、久しぶりの、聞きなれているはずなのに、違うように聞こえる声が聞こえて来た。


「お師匠様ぁー!ただいまぁー!!」


 急いで部屋から出て、窓から見下ろすと、そこには旅に出た時より少し草臥れた様子の男性が立っていた。


「ちょっと待ってて!今行くから!」


 声を返して階段を駆け下り、息を切らしながら扉を開ける。

 彼はもう青年ではなく、大人の男の人のように見えた。

 旅がそうさせたのか、それとも。


「おかえり、ジャック」


「ただいま、お師匠様」


 ……なんで呼び方が戻っているのかは後で聞くとして、私は彼を塔へと招き入れた。



 結論から言えば、お兄さんは見つかったらしい。

 あまりにあっさりと見つかってしまったから、あんな旅立ちをしてすぐに戻るのもなぁ、と思って、久しぶりに兄弟で過ごしたのだそうだ。


 となれば、何か事情があったに違いない、と私が話を掘り下げると、彼は頭を掻いて苦笑しながらその真相を話した。


「兄貴は当時好きな人がいて、その人と駆け落ちしたとかで。それがまぁ、まだ小さかった俺にきかせるような話じゃなかった、みたいなことだったらしいです」


 彼のお兄さんは4人で組んでいて、そのリーダー格だったらしい。

 両手剣を担ぎ、前衛として立ちながら、まるで背中に目が付いているかのように仲間に指示を出すのが得意だったとか。その指示で遊撃を担当するナイフ使いと、一番後ろから弓矢でサポートする弓使いと、その間で回復を担当する聖職者が、その仲間達だったそうだ。


 彼らはその辺りでは新進気鋭としてそれなりに名が売れていたらしく、指名依頼に奔走していたらしい。


「その辺りは俺も兄貴から聞いてたんですけど……」


 ところが、その腕前を買って、あるお偉いさんから婿入りの依頼があったと言う。

 彼の家は断れるような格は無く、受け入れざるを得なかった。

 実質解散宣告とも言えるその依頼は、彼の知り合いの誰もが憤り、けれどどうにもできないと諦める他無いことだった。


 しかし、お兄さんは諦めなかった。

 組んでいる中の1人と恋仲にあったからだ。


 そこで、駆け落ちを画策した。

 仲間達と、彼の知り合い総出の妨害のお陰で、彼らは逃げ出すことに成功し、しかし、彼の家はお偉いさんの嫌がらせにより冷遇されるようになってしまった。


 当然、彼の家族はいい顔はしない。それどころか、彼を嫌うようになり、彼の弟には彼の兄は亡くなった、ということにしたかったらしい。


「というのが、兄貴に実際に会って聞いた話です。兄貴は遠方で奥さんと家庭持ってましたよ。子供が出来たってんで、冒険者は引退しちゃってましたけどね」


 ところが、彼は居てもたってもいられず私の所へ来て、私に弟子入りして、お兄さんを探しに行ってしまった。なんとも言えない話だ。


「よく似てるって言われない?」


「え?何がです?」


「お兄さんとあなたが、よ」


 彼のお兄さんは、好きな人がいてその人と駆け落ちした。

 彼は彼で、お兄さんを負う過程で好きな人が出来て、実質家出みたいな状態ではあるから、このまま家に戻らないのならほとんど駆け落ち、というのは飛躍しすぎか。


「理由は違うけど、どっちも家出してるじゃない」


「それは、そうですね。言われてみれば…」


「家には戻らないの?」


「じゃあ逆に効きますけど、お師匠様はここから出られないんですよね?」


 出られるか出られないか、で言うと出られないけれど。


「方法が見つかってないだけで、探せばあるかも」


「……俺はウチよりお師匠様の方が大事なんで」


 彼は少し沈黙した後でそう答える。旅の間に口が上手くはなったりはしなかったみたいね。まぁ、元々彼は王子様というタマでもないけど。


「最初からそう言えば……というか、その呼び方は何なの?」


「あ、そのことなんですけどね?」


 彼が言うには、お兄さんが見つかり、行き帰りにかなりの時間は掛かるものの、会えない距離では無いので、私の弟子として魔法を学びながら、時折、お兄さんの所へ行って過ごしたいのだと言う。


 幾ら兄弟とはいえ、所帯持ちのところにそう何度も行って迷惑がられないかと聞けば。


「いや、それが兄貴の所の子供たちに懐かれまして…」


「また来てね!と言われたから行く、と」


「……まぁ、そんなところです」


 何か他に理由がありそうにも見えるけど、言わないのなら無理には……あ、でも。


「まさか色街に遊びに__」


「はぁ!?俺がそんな男に見えます!?」


「冗談よ。こうして戻って来てくれたものね」


「……勘弁してくださいよもう」


 __後にも先にもミルア一人だけなんですから。

 そんな風に続いた言葉に、私は思わず顔を背けた。

 いきなりそれは反則じゃないかしら。


 彼は私が照れていることに気付かずに、渋々、と言った様子で理由を話す。


「兄貴と、それから奥さんと一緒に依頼に行く約束をしてるんです。お師匠様そっちのけでそういうことするのはちょっと気が__」


「え?別にいいわよ。奥さんに気があるわけじゃないんでしょ?」


「無い無い。無いです。俺の前でも自嘲しないでベタベタするし、愛を囁き合うんすよ?本当に止めて欲しいぐらいです」


 どうやら、お兄さん夫婦はバカップルらしかった。

 それにしても。


「その話を聞くと、私と出かけたいの?」


「そりゃあ、一緒に旅をするぐらいは……あ、でも無理か」


「方法は探せば__」


「いや、体力無いですよね」


 ぐ、と私は口を引き結ぶ。

 それはそうだ。この狭い空間で暮らしてたらそうもなる。

 元々、運動もあまり得意じゃ、というか苦手だし。


 じゃあ一緒に散歩してよ。と言えば、いいですよ。と即答が返ってきた。


「それじゃあ、毎朝お願いね」


「あ、それから」


 そんな、物のついでのように言われた次の言葉に、私は硬直する。


「俺、これから一緒に住むんでよろしくお願いしますね」


「……はい?」


 思わず聞き返すも、理由はごく簡単で。


「旅で資金が底をついちゃって。宿に泊まる金が無いので。だったら住み込みしようかと。珍しくないですよね?弟子だし。それに仮にも恋人同士ではありますし」


「いやいやいや!未婚の男女が一つ屋根の下!」


「……俺が無理やり襲い掛かるとでも思ってます?」


「でっ、でもっ!」


 男の子ってそういう衝動的なところあるって聞くし!

 前世で聞いた話だけど!


 ……あ!それなら!


「じゃあ地下で」


「え?この塔って地下があるんです?」


「家具を運び込めばなんとか住めるわよ」


「……なんとか、ってところが気になりますけど。それでお師匠様が安心できるならそうしましょう」


 そんな感じで、私たちは一つ屋根の下で暮らすことになったのだった。

 ちなみに、しばらく弟子は寒いだの薄暗いだのとブツブツ言っていた。



 このお話はもう少し続きがあって、けれど、ありきたりだから端折るわね。

 簡単に言うと、結婚すると塔には居られなくて、そのままお兄さんの所へ移り住み、みんな仲良く幸せに暮らしました。ちゃんちゃん。


 思いの外、早く4人パーティーが結成されて、お兄さん、奥さん、弟子と私という謎構成で依頼を熟したり、お互い子育てに手を焼いたりしていたわ。


 王子様は結局来なかったけれど、気楽に付き合える、友達みたいな夫が来てくれたから、結果良ければすべて良し、ね。

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