05 旅の醍醐味

 二日酔いの頭に冷たい井戸水を被った男は、昼を過ぎた街並みを、気持ち程度の生垣越しにぼーっと眺めながら、これからどうしようかと、思考する。


 今日は、休息日である。


 彼は旅商人ではあるものの、別に商業ギルドに所属しているわけでは無いから与えられた仕事があるわけでも、収めねばならない会費があるわけでもない。


 その代わり、何かと脅威リスクはあるし、安定した稼ぎを得られるわけでもないが、それでも、彼はこの自由の身をそれなりに満喫していた。



 少し時間を掛けて考えはするものの、大体は同じような計画に行きつく。

 そうやって何をしようかと考えることも、休息に含まれるのだろう。



「まずは飯。そんで、市場の冷やかししつつ観光。何か面白そうなものがあれば見に行く、と」



 祭りや祝い事が無い時は、だいたいこんな感じだった。




「こいつは美味いな!」


「そうだろうそうだろう。この街の名物だからな!」



 その少し後、彼はある酒場で舌鼓を打っていた。


 それは、『ババンタの丸焼き』という名の通り、何らかの動物か、あるいは魔物の丸焼きに見えるが、それよりも。


 それは大人が胸の前で両手で作った丸ほどの太さと、広げた指先から肩ほどまでの長さを持つ、とんでもなく大きな丸焼きであった。



「いやぁ、俺なんかのためにご馳走様です!」


「いいってことよ!昨晩一緒に飲み明かした仲じゃねぇか!」



 彼の目の前で大口を開けて愉快そうに笑う髭モジャの大男は、おうおう!せっせと食わんとなくならねぇぞ!と、その場にいた客たちに発破をかける。


 その客たちは、大体2つの組に分かれている。

 一つは、この街の住人なのか、また始まったよと、程々に手をつけて会話に興じる者。

 一つは、外から来た者なのか、タダ飯をせっせと胃袋へと詰める者たちだ。


 その中でも一番の食欲を、旅商人の彼、ではなく、その隣に座る彼の3倍はデカい男が発揮していた。



「おめぇはいつも気持ちがいい食べっぷりだなぁ!!」


「もぐっ!おごりほどウメェもんはねぇさ!」



 その大食漢は、むっしゃむっしゃと豪快に丸焼きを腹へと収めていく。


 一方で、腹がいっぱいになった彼は、髭モジャ男に改めて礼を言うと、挨拶代わりに酒を一杯飲み交わし、その場を後にした。




 程よい酩酊を感じつつ、熱くなった体を冷やそうと、ふらふらと先日商売をしていた裏道を歩いていると、しゃかりき婆さんが向こう側からやってくるのが見えた。


 手を振って挨拶すると、婆さんは真っ先に彼の元へとやってきた。



「おやまぁ、あんた。毎日やってるわけじゃあないんだね?」


「ええ、まぁ。程々に稼げればいいので」


「昨日のすくろぉる?は好評だったよ。ありがとうねぇ」


「こちらこそ、お買い上げ頂き有難うございます」



 それから、彼は少しの間を一緒に歩きながら、如何に彼女の相方が喜んでいたのかを聞き、明日にはここを発つことを話した。

 彼女は一瞬寂しげな表情を浮かべた後に、笑顔で彼と別れた。




 その少し後、彼は婆さんから聞いていた店へと立ち寄っていた。

 なんでも、魔女が店番をやっている所だそうだが。



「はいらっしゃい」



 その老婆を一目見て、彼は得心した。

 確かに、幅広の黒い帽子と、上下を黒装束で包み、片眼鏡を掛けている。


 怪しいと言えば怪しいが、鼻をつくこの香りは。



「お婆さん。よく効く魔力マナポーションはあるかな?」


「ないよぉ。あるのは活力バイタルポーションだけじゃ」



 駄目で元々だったために、肩を落とすことは無かったものの、売り物が活力バイタルポーションだけとは、別の意味で期待外れだった。


 それでも話を聞くと、常連はいくらかいるらしく、よく効くと評判ではあるそうだ。



「素材を持ってきたら魔力マナポーション作れる?」


「もうレシピを忘れてしもうた。……しかし、お主が使うのかえ?魔法使いには見えぬがのう」



 それなら、と提案はしたものの、すげなく断られ、疑いの目を掛けられてしまった。

 これ以上は無理か、と彼は肩を竦め、店を出ようとして。


 コトリ、という音に振り返る。


 売り台に置かれたそれは、活力バイタルの赤ではなく、魔力マナの青だ。



「売り物ではないんじゃが。用途は何じゃ?」


「これだよ。お婆さん」



 彼は鞄から術巻物スクロールを取り出し___




「まさか、この年で伝説と相まみえるとは」


「大袈裟だよ。俺は見習いだ。……まぁ、あの爺さんが伝説かどうかは知らないけど」



 魔女では無く、魔法使いのお婆さんに奥の間に通された彼は、文字と式、そして図形が複雑に絡み合っているように見える紙束の中で、お茶を頂いていた。


 そのお茶はポーションなどでは無く、ごく普通の薬草茶だった。



「本当に、これらをもらっていいんじゃな?」


「しつこいな。俺が書いたやつだからいいよ。原物は駄目だけど」



 そのお婆さんの手の中には、十数本の術巻物スクロールがある。

 研究のためにどうしても欲しい、と言っていたから譲ったのだ。


 その代わりに、魔力マナポーションと、魔力付与エンチャント済みの瓶を貰っている。


 瓶はきちんと買えば金貨1枚はするのだが。

 彼で言う術巻物スクロールが、彼女にとってのそれだった。



「それじゃ、そろそろ行くね。お茶美味しかったよ」


「おお、それなら、これも貰っておくれ」



 そう言って押し付けられたのは、乾燥薬草だった。

 独特な風味しゃこうじれいだったが……触媒にも使えそうだ、と思い直す。


 改めて礼を言うと、彼は魔法使いの家を後にした。




 次に向かったのは、街の外にある小高い丘。

 色々とあったので、少し休もうと思ったのだ。


 ただ、何の変哲もない場所でのんびりと過ごす。


 そういうことは、普通に生活する中で中々出来ていることではない、と彼は長い旅暮らしの中で実感していた。



 そういう休憩は、自らの中の、はっきりとした形にはならない疲れを癒し、次へと繋がる活力を与えてくれるのだ。


 宿でも、酒場でバカ騒ぎでも、見知った人との会話でも得られないものが、ここにはあった。



 しばらく、時折吹くそよ風の中でのんびりと、体を揺らしていた彼は、傾いてきた日と、冷たくなってきた風に身を震わせて立ち上がる。


 そして、ぐっと背伸びをすると、宿へと戻り。


 次の旅立ちへの準備を始めるのだった。




 彼の旅は、続く。




***

※物語はここでおしまいです。

 次は全体を通しての反省の投稿になります。


***

 もし、こうした方が良くなると思う。ということがあれば遠慮なくコメントいただけると有難いです。そのために書いているものなので。


※煽りや根拠の無い指示コメント、誹謗中傷にならぬようご注意下さい。

 指示したい場合は提案という形でお願いします。

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