04 路地裏の怪しい露店
商人の朝は遅い。
路地裏で商売をする場合は、だが。
いや、怪しい物を売っている自覚はあるのだ。
ただ、旅人である以上は旅費を稼ぐ必要がある。
だからこその夕方だった。
昨日、何の手入れもしていない体で起き上がった男は、身体を強引に起こすべく、宿の外にある井戸にて、清水を頭から被っていた。
「~~~っ!!」
文字通り、冷や水を頭から被った彼は、涼しくなりつつある空気に体温を奪われないようにするために、すぐに、一枚の
周囲に人影が無いのは確認済み故の行動だ。
そこには、『有機的廃棄物 の 除去』とある。
それは彼オリジナルの
あまりにお粗末な出来であるため、商品ではないのだが。
将来的に売れ筋となることを、この時の彼はまだ知らない。
「さてと、確かこっち側だったっけ……」
向かう先は、市場を見て回った時に見繕っておいた、程よい路地裏だ。
路地裏には、実は種類がある。
この商品を扱い始めて知ったことだったのだが。
人通りは少ないが日常的に使われている『
店の裏など、ガラクタ置き場となっている『物置』。
混雑のある道を迂回するために使われる『裏道』。
後ろ暗いものが普段使いする道である『暗道』。
立地の関係上、幅広ながら人通りの少ない『閑道』。
など。
この中で、人目に付きやすいのは『小路』なのだが、日常的に使われている、ということは即ち、路地裏でものを買うような
彼らは、表の市場で物を買い、帰り道として利用しているのだから。
となれば、だ。
興味本位で覗き込む可能性があり。
尚且つ、
迂回路である『裏道』しかない。
他は、とことん人が入ってこなかった。
というのは、人々は路地を覗き込むために歩いているわけではない。市場で物を買うために歩いているのだ。
その障害となり得る混雑を避けての裏道利用はともかく、それ以外の道に入る理由が無かったのである。
そして、裏道を知っている人間は、つまり、複数回この街に来たことがあり、かつ、市場で売られているものを見慣れている可能性が高い。
それ即ち、珍しい物に興味を惹かれる可能性が無くはない、ということでもあった。
「よし。ここにしよう」
表通りから覗き込んだ時の角度。
そして、仮にその位置に組み立てた際の見え方を想定しつつ、何度か路地裏への出入りを繰り返した彼は、その位置に出店の組み立てを始めた。
とはいえ、屋根付きのものではない。
棒の枠組みに布を張り箱としたものを組み合わせ、見た目の良い布をかけた商品台を、少々厚めの布を敷いた上に乗せただけのものだ。
その、少しはみ出たところに店主があぐらをかいて座るわけだ。
「上手い飯が食える程度は売れるといいなぁ……出来れば酒も」
そんな希望を呟きに漏らしつつ、『路地裏の怪しい露店』は開店した。
最初の客は、かくしゃくとした老婆だった。
てきぱきとした動きで一度通り過ぎた後に、戻ってきたのだ。
そういう客は珍しくない。
怪しい露店を自称する以上、一度目に留まっても無視されることは多い。
しかし、売り物は宝石やら瓶詰の何かやらといった、如何にも、なものではなく、書物にしては少し細い巻物の数々である。
ということに、通り過ぎた後に気付いた通行人が、というわけだ。
「もし、そこの店主さん。こりゃ何じゃ?」
「
「すくろぉる……初耳じゃの。何に使うんじゃ?」
客の中には、買い物よりも会話を主に目的とした手合いもいる。
ただ、そういう相手でも、目的に沿えば最終的に買ってくれることもある。
「例えば、この
「ほぉん……で?」
「旅人に需要があるものですね」
「勧める相手を間違っておらんか?」
「いえいえ。まだまだお元気ではないですか」
「かっかっか!散歩は出来ても旅はもうできんわい」
会話をしつつ、情報も取るのは商人の基本技能だ。
使い方を実演したり、試用してもらったりと、退屈させないようにしつつ。
幾らかの会話を経て、かつて旅をしていたこと、相方の怪我で引退したこと、その相方のためにこの街に落ち着いたことなどを聞き出していく。
「おっと、随分と話し込んでしもうた」
「そうですか。楽しい時間をありがとうございます」
「いやいや、そりゃあこっちの台詞じゃ。…ふぅむ、そうじゃなぁ」
ここからが、腕の見せ所だ。
まずは、恩を売って譲歩を引き出す。
「では、こちらを差し上げます」
「こんなにたくさんもらえんわい!」
「ここだけの話ですが、売れないので在庫処分です」
売れないのは事実だ。ただ、非売品なだけで。
在庫処分も、使い切れないという意味では本当のことだった。
それは、
製作難度が程よく、いい練習になるのだが、いかんせん使う機会が少なすぎて、減るどころか増える一方な代物で。
しかも、ほんのり温かくなるだけであるために、商品価値がほぼ無い。
夜になると寒さで傷が痛むという老婆の相方なら使えるだろう。
使ってくれそうな人に譲る一方、打算もある。
「しかしのう……」
「では、銅貨2枚でどうでしょう」
「むっ……分かった。それで買おう」
気持ち良く買ってもらい、金も貰う。
お互い得になり、さらには。
「あれ?これ銀」
「じゃあの!」
あっという間に去っていった老婆を見送り、手元には銀貨2枚。
老齢の者ほど、お節介をかきたくなる。
それも、それなりに親しい相手であればあるほど。
彼はグッと握りこぶしを作ると、それを小銭入れへと入れた。
次にその露店を訪れたのは、いかにも商売人といった風貌の男だった。
整えた頭髪と口ひげ。一方で、儲かっているのか、飽食と酒で膨れたのだろうその腹は、腰紐で留められたパツパツの衣服によって支えられている。
彼は足早に路地へと入ってきたが、露店を見るなり足を止め、数秒の思考の後に寄ってきた。
おそらく、足を止めるに足りるかを計算していたのだろう。
それ即ち、0か100か。
全く買わないか、大量に買うかの二択だった。
「ふんむ。これは何ですかな?」
「
「ほほう。何がありますかな?」
せっかちか、話を聞かない手合いか。
いずれにせよ、客は客。金さえ落としてくれれば、文句は無く。
まずは3つを提示する。
「攻撃用途、危機回避用途、移動用途など」
「危機回避と移動を見せて頂いても?」
言葉尻に食いつくような回答に、せっかち、あるいは急いでいる、と結論した彼は、すぐさま在庫を確認する。
「
「
「勢いよく滑る」
「それは、いや……?それもお願いしたい」
「はいよ。銀6」
商売人は値切ることなく銀貨を6枚、商品台に置く。
彼はそれを見届けると、手早く4本の
「
それは、デモンストレーションでもあり、彼のサービスの一環でもあった。
半透明の薄い青の膜が4本を覆い、一纏めにする。
そして、目を瞠った客が口を開く前に手渡す。
「非売品です。つまんで破く。お代は結構」
「そうですか。残念です」
それだけで意図を察した商売人は一瞬、立ち止まりかけて、それからは振り向くことなく去っていった。
同業者は話が早くて助かる一方、
彼は張り詰めた緊張を、大きなため息で解くと、凝った体をほぐすために柔軟を始めた。
それからは、通り過ぎる通行人はいても、客は来ず。
周囲が暗くなるばかりで、結局、客は2人のみ。
それでも売れただけマシだった。
全く売れない日もあることを考えれば。
狙い目は、祭りや祝い事がある日なのだが、そういう情報は無かった。
ないものねだりをしても仕方ない以上、これを続けていくしかないのだ。
とはいえ、銀貨が8枚はそれなりに大金だ。
宿も安宿で銅貨2枚で泊まれる。食事は石貨5枚。
紙は銅貨1枚で一束買える。
インクは銅貨3枚と割高だが、1瓶で数十枚分だ。
それに売り物もまだ残っている。
となれば。
「久しぶりの酒と上手い飯だ!」
と、こうなる。
それでも、銀貨1枚に満たないのだから、しばらくは安泰だろう。
***
もし、こうした方が良くなると思う。ということがあれば遠慮なくコメントいただけると有難いです。そのために書いているものなので。
※煽りや根拠の無い指示コメント、誹謗中傷にならぬようご注意下さい。
指示したい場合は提案という形でお願いします。
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