02 街の様子と素材集め

 男は検問を書物の仕入れだと誤魔化し通過すると、真っ先に宿を取り、荷物を持ったまま街へと繰り出す。



「水と食料は過不足なく……装飾品は並、大きな取引は少ない、か」



 彼は長い旅暮らしから、市場の様子から街の規模が把握出来ることを知っている。


 その街は幸い中規模程度だった。

 これが小規模であれば、早くに発つ必要もあった。


 というのは小規模ではものが売れないからだ。

 特に彼の扱う商品は、最低限の暮らしが保証されている上に成り立つものなのだから。



「噂を聞く限り、疾病の気配も値崩れもない。よし」



 最低限の心配を終えた彼は、次の準備をするために、一度宿へと戻る。価格調査ついでに購入したインクと羊皮紙を置いてくるため。そして、羊皮紙にひと手間を加えるためだ。




 宿の自室にて。

 彼は、羊皮紙の上に一見するとただの石ころに見える重石を乗せると、手早く幾つかの巻物を取り出した。



 風の舟と同様のそれは、術巻物スクロールと呼ばれる物だ。

 巻いた状態から開き、触れ、設定された始動語を唱えると発動すつかえる。


 主に遺跡から出土するもので生産されることのない遺物アーティファクトなのだが。


 彼はこれを作ることが出来る。

 とはいえ、見習いの身。限度はあるが。



 いずれも探索を安全に、短時間で熟すために必要だ。

 つまりは、探索用ひつようけいひだった。


 一つは、解毒効果アンチドーテ

 一つは、速度上昇ヘイスト

 一つは、危機察知スカウト


 これらはいずれも長く、薄く効果のあるものパッシブで、あるのと無いのとでは負うリスクが大きく違う。

 殊、戦闘に関してはほとんど無力な彼にして、最低限の身の守りだった。



 それが済めば、後は目的地に着くのみだ。


 彼は宿を後にし、真っ直ぐに街の外へ……向かう前に門へと向かった。

 門番に周辺地理を尋ねるためだった。



 その少し後。

 彼は、小さな森の一角を探索していた。



月の蕾ルーナ紫根ネレイア鳥奇草ビールス……」



 植物に関しては、そのほとんどが安直な名付けネーミングだ。

 月の蕾は、月の形をした蕾だし、紫根は、文字通り紫色の根っこ、鳥奇草は、鳥が翼を広げたような形の葉を持つ、ちょっと変わった草なのだ。


 彼は前かがみで下生えの草や茂みを掻き分けては、間違いの無いように、小さく呟きながら目的の素材を摘み取って行く。


 たまに危険察知スカウトに引っかかる脅威リスクを慎重に避けつつ、迅速に、適切に、必要な分だけを回収して行く。



 術巻物スクロールの素材は多岐に渡る。

 使う量は微々たるものなのだが。


 というのも、インクに混ぜる以外では触媒として用いるためだ。

 この触媒という用途は中々に曲者だが。

 ひとまず今は置いておく。


 それ故に。



腐食したアグの葉アグ・ロット叫哭茸ギラル白石ムート……」



 一度の探索で彼の集める素材は、実に数十種類にも及ぶ。


 一見、何の役にも立たないように見えるものも、彼は丁重に清潔な布で包み、あるいは木箱へと収め、背の鞄へと入れてゆく。


 そこに迷いは無い。


 というのは、別に熟練しているから、という理由ではなく。



「今日は何枚成功出来るか……っと、これも採っておくか……」



 単に同じ術巻物スクロールを繰り返し作り過ぎて、そのために必要なものを覚えてしまったからだった。


 実に、これまでに失敗した数は百から先は数えていない。


 別に彼は殊更不器用というわけでも無かったのだが。

 如何せん、読書があまり得意ではない、ということが酷く足を引っ張っていた。



 彼は、万が一失敗した時のために、確実に作れるものの、売れ行きはあまり良くない商品の素材を最後に、森を後にした。


 ただ、素材集めはここで終わりではない。

 もう一つの目的地に向かって、彼は歩みを進める。


 森を抜けると、彼は街の位置から方角を割り出し、


 そちらに、もう一つの、しかしながら、街に着くまでには取ることの出来なかったものがあるのだ。



 それは、硬い。


 それは、重い。


 それは、そう、鉱物だった。



 旅の途中で拾えなかった理由は、言わずもがな。

 単に重いからだ。



「よいしょ……っと。赤砂クリムは回収済み。後は……石水晶セクリト斑棘石メイナイトだな」



 赤褐色の砂、というより土に近いものを革袋に詰め、鈍色に光る石ころのような、しかし、面は凸凹の無い平坦そのものの、水晶のような特徴を持つ石と、それから、石ころから円錐コーンが幾つか生えたような外見の黄色がかった石を探していく。


 地表に出土することは間違いない。

 ただ、いずれも大きな石の近く、あるいは下にあるのが厄介なところだ。



「毎度のことながら、中々の肉体労働だ……」



 しかし、誰かを雇うということはしない。


 素材にかかる金を最小限にしたいということもあるが、何より、術巻物スクロールを作ることが出来るのは、彼の知る限りでは、自身以外に居ないのだから。



 かつては、いたのだ。

 ただ、その人はもういない。


 別に、意思を受け継いだつもりは無かった。


 たまたま、その遺産を受け取ることとなり。

 たまたま、他にこれといった目的が無く。

 たまたま、一獲千金を夢見て旅に出た。


 結局、夢は所詮夢だったが。



「まぁ、好きでやってるから、いいんだけどね……」



 そう呟いて、彼は来た道を引き返す。


 それなりに疲れはある。

 けれども、背の重みが様々なものに変わることを考えると、自然と心が浮き立つのだ。


 一攫千金ではなかった。


 ただ、今この時は値千金なのだった。




***

※コーティングに関しては現実のそれとは違うファンタジー素材なのでご注意ください。

 インク(染料)が変質しやすいのはガチみたいです。


***

 もし、こうした方が良くなると思う。ということがあれば遠慮なくコメントいただけると有難いです。そのために書いているものなので。


※煽りや根拠の無い指示コメント、誹謗中傷にならぬようご注意下さい。

 指示したい場合は提案という形でお願いします。


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