課題『一区切りを作る』

01 職人見習い(旅商人)

 荒野を一人。行く者がいた。


 中肉中背といったその男は、無地のシンプルな旅装に身を包んでいる。


 いや、正確には無地だった、というべきか。

 長旅で汚れているそれは、何度も洗ったためか草臥れており、だらしなく見えた。



 そう見えるのは、ぼさぼさの頭髪と無精ひげも無関係では無いだろう。


 長旅であるから、という言い訳が出来る限り、男はそれを改めるつもりは無かった。



 その背には巨大な鞄がある。


 中には商売道具と商品が詰まっている。

 いや、かつては詰まっていた。


 彼は、持っていた商品の大半を既に売り払っており、残っているのは普段使いできる程度の価値の見本だけだ。



 今は、その見本を元に、自ら商品を作っては売り、を繰り返している。


 その旅路の途中だった。




「……はぁ」



 ため息を吐いた男は立ち止まり、履いていた革の靴をひっくり返す。

 すると、小さな石ころが落ちてきた。


 n度目だ。

 なお、nには少なくとも10以上の数が入る。


 それもそのはず。

 荒野の道には小石が多く転がっており、歩く度に跳ね上がった小石がそれなりの確率で草臥れた靴へと入ってくるのだ。


 こんなことなら新調しておけば良かったと思うものの、今更だった。

 何せ、彼は商売道具以外のことに関しては、大概無関心なのだから。



「仕方ない。背に腹は代えられない、か」



 小さな声でボソッと呟いた彼は、後ろ手に鞄から巻いた羊皮紙を取り出し、慣れた手つきでそれを開く。


 そこには、読めない文字が3節ほど書かれていた。

 それは点と曲線で構成されており、彼には知る由も無いが、『乗られ彷徨いて 向かう地へ 風の舟』と書かれている。


 彼はその中心に指で触れ___



行使エグゼス



 と同時。

 

 ぶわり、と。


 彼を、いや、彼の目の前を中心に逆巻く風が起こる。


 ほとんど超常とも言える現象だったが、彼は慣れたもので、そこに存在するの見えない何かに乗る。

 と同時、渋面になった彼は頭を強く振った。


 数少ない成功例を使ってしまったことへの後悔と。

 初めて、これを使った時のことを思い出してしまった彼は、改めてその痛々しい失敗を頭の隅に追いやり、気を取り直してそれを操る。



 そう、難しいことではない。

 要は『体重移動』だった。


 前のめりになれば、前に動く。

 右に傾けば、右に曲がる。

 その逆も然り。

 後ろに反れば、減速する。


 この事実を理解するまで、彼はこの非常に便利な商品をn回使いつぶしたわけだが、そのことは今はいいだろう。

 これを作る時の成功率も、今は度外視だ。



「やっぱり、最初から使っとけばよかったな」



 彼はそう呟きながら、前に傾けていた体を起こす。

 そして、鞄から1冊の古びた本を取り出すと、それを読み始めた。


 彼の体はまだ動いている。

 見えない何かに乗ったまま、前方へ。


 そう、これはこういうものなのだ。

 一度入力すれば、それが維持される。


 そして、何よりも、悪路に悩まされることが無いのは大きかった。




「とはいえ、作らないと後が無い……」


 移動を始め、しばらくが経った頃。

 休憩がてら、商品の確認をしている時にぽろっと口から零れたのがその言葉だった。


 彼は商人だ。

 商人である以上、ものを売らねばならない。

 ものを売って食い扶持を稼ぐのだ。


 しかし、職人も習熟せざるを得ない事情が出て来た。

 というのは、商品が品切れになりつつあったからだ。



 商売を始めた当時は山のようにあったのだが、今では数えられる程度になってしまった。持っているものを売り切ってしまうと、もう売れるものが無いのだ。


 だから、作る他無い。


 ただ、風の舟これは売れない。

 見えないものに乗る、ということをどう説明すればいいのか。

 馬鹿にするな、と怒る客の姿が目に見える。


 つまり、これは商品ではなく、自作の旅用品だった。



 これらには、そういうものもある。

 だからこそ、売るものは選ばねばならない。 


 幸い、そのための本は幾らかあり。

 その内の一つを読み始めたのだが。




「……くぅっ」


 彼は、遠くに見え始めた街を目にすると、凝り固まった体を解すように、背伸びをした。


 あれから長い時間が経っていたが。

 進んだのはほんの数ページ。


 そもそも、文章が難解で、その上、移動中だ。

 集中力が保ちにくい状態でそれだけ読めたならマシな方だった。


 読み始めて間もなく頭痛がしてくるよりかはよっぽど良い。

 丁度呼んでいる部分が、座学でしか学べなさそうな知識であることも一役買っているかもしれなかった。



「ひとまず宿を取って、素材探し。作れるなら作ってちょっと売らないと路銀が無いか。今回は上手く作れるといいけど」



 ブツブツと呟きつつ、背伸びついでに後ろに反り、本を片付けると、地に降りる。


 そして、一緒に持って降りた羊皮紙を破く。


 すると、ふわり、と風の舟それは解けて消えた。



「……あーあ、やっぱもったいな……いや、必要だった……うーん」



 そうしてもしなくても、結局は乗っていなければ消えてしまうのだが。

本には、使った後には必ず破くように、とあった上、羊皮紙自体も、1回きりの使用で効果を失ってしまうため、見間違えないよう、破くようにしている。


 その切れ端を使おうとしたりもしたが、結果は語るまでも無く。


 とはいえ、素材を自分で集めるのなら、紙以外に金は掛からない。

 そのつもりでやってきたし、これから先もそうするつもりだった。



「さてと、それじゃあ、少し頑張ろうかな……」



 覇気の微塵もない声でそう呟いた彼は、街の入り口へと向かうのだった。




***

 もし、こうした方が良くなると思う。ということがあれば遠慮なくコメントいただけると有難いです。そのために書いているものなので。

 今日から5日間、その体でやりますので、もしよければお付き合い下さい。


※煽りや根拠の無い指示コメント、誹謗中傷にならぬようご注意下さい。

 指示したい場合は提案という形でお願いします。

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