第8話

西暦2133年 9月29日 東京


 「風龍」が早見との戦いに敗れ逃げ出した頃、最強のヒーロー「剣神」と最凶のヴィラン 亜麻界 聡の戦いは佳境を向かえていた。

 この2人の戦いは始まってからずっと目で追えない速さでぶつかり続け、衝撃波で辺りは更地になっていた。「剣神」が刀を振るえば周囲が細切れになり、亜麻界が拳を振るうと地割れが出来た。

 単純と複雑、速さと早さ、柔と剛、読みと勘、様々な要素が絡み合い、極めきった武の極致に立つ2人は美しく、それでいて悍ましい、矛盾を成していながら、整合が取れている戦いを描いていた。

 だが、それを描いているのはあくまで人間である。やはり肉体の限界というものが存在していた。2人の体は長時間の戦闘に加え、常人を超えた速さでの移動により、肉体だけでなく脳までもが悲鳴を上げていた。全身掠り傷により血だらけな上に、目と鼻から血が流れ、それでもなお体を動かし続けた。

 いつ終わりが来てもおかしくないシーソーゲーム。そこまで2人を突き動かしているのは一体何なのだろうか。無茶を躊躇いなく敢行する、異常とも言える精神か。あるいは誰かを守るためか。それとも飽くなき勝利への探究か。それは2人にしかわからないが、おそらくどれも違うのだろう。いや、が正解だろう。

 

 なぜなら、2人の意識はもう失っているのだから。それでもなお、戦いは止まっていない。


 もはやそれはそれぞれの存在のぶつかり合いだとも言えるだろう。それぞれが経験したこと、学んだこと、過ごした日々、数え切れないほどの戦い、全てが、無意識ゆえに全てが両者の戦いに反映されるのだ。


 そして、ついに決着がついた……!

 亜麻界の最後の一撃は、「剣神」の右横腹を貫いた。しかし、「剣神」の一撃は自身を貫いた亜麻界の左腕を切り裂き、亜麻界の肋骨で止まった。

 そう………結果は“相討ち”。もっともつまらない決着とも言えるが、2人の描いた戦いは後に大きな影響を与える。

 そして、この戦いを遠目から見ていた山内以下、覇道会所属ヴィランの行く末も、この相討ちによって決まった。


「………!決着がついた!!亜麻界さんを回収してすぐさま撤退する!!」


 S級8位ヒーロー「破壊の天使」に勝利を収め、部下たちを率いて東京へ加勢に来ていた山内は、合流した早見と暴竜から波賀が敗れたことを聞いていたため、すぐに撤退の指示を出す。

 指示を受けた黒装束の男たちがすぐさま亜麻界のもとに向かい、その場で止血のみをし、山内のもとへ運んだ。


「『剣神』のトドメは刺さなくてよろしいので?」


「そうしたいところだが、『超人』が来てる……全員一旦千葉に…!」


 「超人」の放つ”圧”を感じ取っていた山内と幹部クラスの強者は納得の表情を浮かべていたが、多くの構成員は不満げな態度であった。しかし山内は有無を言わせずに”大規模転移”を発動させ、千葉の山奥に構成員らを出現させるのであった。

 

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同刻 千葉


「………おい!本当に、ここで合ってるのか?周りに何もねぇじゃねえか…!」


「合ってるよ………僕がここを指名したんだ。亜麻界はヴィランの中でも珍しく義に厚い男だ……今回ので最後の合流場所くらいはちゃんと部下に教えているはずだよ。」


「そうか……お前は亜麻界と『剣神』、どっちが勝つと思ってんだ?それ次第で対応が変わるんじゃねえのか?」


「ん〜、そうだね〜……これは僕の予想だけど、十中八九『剣神』が勝つ……!あれは僕の知る限り、最強の人間だよ………亜麻界も強いんだけど……ね。」


「フッ……これで亜麻界が勝ったらウケるんだがな…!しかし、お前がそう言うってことは中々だな……俺だったら殺れると思うか?」


澱橋よどばし………いくら君でも、『剣神』は無理だ。あの強さは人間じゃない……いい勝負は出来ると思うけど、たぶん負けるだろうね。逆に亜麻界だったら、殺せると思うよ。」


「ほう〜!………ん?来たか…!」


 山内による転移にいち早く気づいた澱橋は後ろを振り返った。


 そこには亜麻界の手当をしている黒装束の者たちと澱橋らを睨みつける山内、早見、エレス、近江 紅、近江 蒼 暴竜の姿があった。


「はは、そんな睨まないでくれよ……!恐いじゃないか。」


 そんなことを微塵も思っていないとわかる楽しげな雰囲気で振り返った男の顔を見た瞬間、


「「「「「なっ!?!?!?」」」」」


「ばかなっ!なぜ、加山…!お前が生きている!?去年死んだはずだろう!?」


 まるでとでも言うような顔をして山内らは驚愕に包まれた。

 そして、対照的に加山 裕刃は愉しそうに口を歪めるのだった。


////////////////////

同刻 静岡


 「超人」との戦いに敗れ、静岡へと逃げ込んでいた波賀 秀三は朦朧とした意識の中、自身の身代わりとなってヒーローたちの包囲網に飛び込んだ「狂剣」のことを思い返していた。



埼玉 1時間前〜


「グハッッ!!!ゼェ……ゼェ……まだまだー!!」


 自身の攻撃が一切通じず、ただ一方的に殴られているだけ。それはもはやヴィランとヒーローの戦いとは言えなかった。

 だが、波賀は何度打ち倒されようと立ち上がった。すでに全身ボロボロで、右腕は千切れそうだ。

 そんな時に現れたのが異能力『魔剣創造』を操り、覇道会の中でも武闘派として知られている「狂剣」である。全身包帯を巻き、ドス黒い染色をなされた袴を着ている男であり、腰には3つの刀を差している。

 「狂剣」の放つ圧に注意が逸れた一瞬の隙を付いて、波賀は「超人」の間合いから飛び出した。

 そして、代わりに「狂剣」が「超人」の間合いに飛び込んだ。


「ッ!!……!?『狂剣』!?」


「ゼヤッァア!!!波賀!!今のうちに逃げろ!こいつは俺が相手しておく!!」


「なっ!?………!!すみません!!頼みましたよ『狂剣』!」


「逃がすかッ!!」


 逃げようとする波賀を当然「超人」は追うが、ギラギラと目を滾らせた「狂剣」が「超人」に斬りかかることで、波賀は無事に逃げきることが出来た。

 

 「狂剣」という身代わりのおかげで波賀はなんとか生き延びている。そして、作戦開始前に亜麻界から伝えられていた逃げ場所に向かおうとしたが、亜麻界に合わせる顔がない波賀は真逆の方向、静岡へ向かった。


「亜麻界さん……申し訳ありません……不肖、この波賀……約束を果たせそうにありません。」


 1ヶ月後、S級5位ヒーロー「破壊僧」と激闘を繰り広げたのち、覇道会幹部S級ヴィラン 波賀 秀三はこの世を去った。

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