第7話

西暦2133年 9月29日 埼玉


 前日の夜中から続いているS級2位ヒーロー「超人」と覇道会幹部の波賀 秀三の戦いは一方的でありながら、日を跨いでもなお続いていた。


“クソッ!……クソックソックソッ!!強すぎるだろ……!”


 もはや心を折られそうになるほどボロ雑巾にされている波賀 秀三であったが、彼は意地で致命傷を避け「超人」との戦いの決着を引き伸ばしていた。


「ハッハッ!中々やるではないか……!思っていたよりも粘りおる!」


“ドンッッツ!!!!”


 「超人」の渾身の一撃が繰り出されるが、波賀は身を捩ってギリギリで躱す。躱された一撃は空を切り、和太鼓が破裂したような音が出た。それに冷や汗をかく波賀であったが、正直なところすでに限界を向かえていた。彼を限界を超えてなお力を振り絞っているのは、ひとえに亜麻界の頼みがあってのことだった。

 そして、それは走馬燈のように流れてきた。いや、もしかしたら本当に走馬燈なのかも知れない。



1ヶ月前〜


「波賀……!ヒーロー組合を潰すぞ…!」


「は!………?は?本気ですか?……さすがに我ら覇道会の勢力だけでは勝てないと思いますが………」


「かもしれんな……だが、無謀をやり遂げたほうが面白いだろう…!それに、協力者がいる。本人の希望で名は明かせんがな………」


「そう……ですか………他の幹部は同意しているのですか?」


「まだ聞いていない……波賀……我らの、俺の悲願のためには、ヒーロー組合は避けては通れない道だ……正直戦力的には厳しい上に、得体の知れん奴もいる。だが、お前のことは誰よりも信頼している……頼む、俺に力を貸してくれ…!奴らを打ち倒すためにはお前の力が必要だ!」


「亜麻界さん………この老骨が役に立つのであれば、いくらでも利用してくだされ。この波賀 秀三、体に鞭打ってでも戦いますぞ……?」


「フッ……そうか………ありがとう…!」


 そう言った亜麻界の目のはどこか悲しそうに見えた。だが、ずっと幹部として側で支え続けた亜麻界に頼られたことの喜びから、波賀は無意識に目を反らしてしまった。

 後にこの時のことを激しく後悔するのだが、波賀はまだ知らない……


 自らの死と亜麻界が意識不明の重傷に陥ることを………


////////////////////

同刻 東京


 スケッチブックから無限に飛び出す武器を一つ一つ壊しながら、「画伯」早見 空に攻撃をする隙を窺っているS級27位ヒーロー「風龍」は、


”面倒な奴だな!圧倒的に手数が多い上に一撃が重いせいで攻撃に回れない……!こんな強えくせに幹部じゃねえのかよ…!”


「ぬぅ………中々粘りおるな。伊達にS級というわけではないということか……!やはり『狂剣』を呼んでおくべきだったか……?だがあれは対『超人』戦力として埼玉に行っておるしのー……山内が早う終わらせて援軍に来てくれれば楽なのだが。」


「援軍なんて冗談じゃねぇ……!………ん?ちょっと待て……!なんで『超人』が埼玉にいるって知ってるんだ?おかしいだろ……!」


「………これ言ってよかったかのー?ま、お主を殺せばいいか……単純な話よ。お主らに裏切り者がいるだけだ。儂らに情報を売った大馬鹿がな……!」


「なっ……!?まじかよ………誰だよ…!んなことしたクソ野郎は……!」


「知らん。儂も亜麻界さんに聞いただけだからのー……というか、お主ははよ死んどくれ!儂、疲れてきたんだが……?」


 早見が疲れを隠せなくなるほどに「風龍」の防御は硬かった。


 異能力『風龍』。龍系の異能力は非常に強力なことで知られているが、特に有名なのは“龍鱗”。近くに魔力の動きを阻害し、支配することが可能になる力。これにより魔力を用いて発動する異能力の力は減衰し、もともと防御力の高い龍の鱗に大半の攻撃が阻まれる。それでいて超怪力という化け物っぷりだ。さらに、『風龍』は風を操ることが出来る。「風龍」の操る風は鉄をも引き裂き、竜巻を起こすことも可能だ。なお、早見には「風龍」の攻撃は全て軽く防がれていたが、本来はS級ヴィラン相手でも通じるほどである。

 ゆえに「風龍」と早見の戦いは異常なほどに長引き、もはや消耗戦と化していた。


『ブオオォォォオ!!!』


「「ッ!?!?」」


 だが、2人の勝敗の天秤を一気に傾ける者がこの場に現れた。


「何だっ!?ありゃあ!?……恐竜?」


「あれは……『暴竜』?なぜここに?奴は横浜に行っていたはず………」


 覇道会所属ヴィラン「暴竜」。『恐竜化』という異能力を操り、覇道会における破壊工作担当である。見た目は相当若いらしいが実年齢は不明であり、覇道会の中でも謎の多い存在だ。 


『よう……!早見…!とっとと片付けて応援に来たぜ……』


「さすがだの。では2人がかり片づけよ……逃げおったか……」


 会話で早見と暴竜の注意が逸れた隙を付いて「風龍」は全速力で逃げ出した。ただでさえ、早見の相手で手一杯だったところに応援が来たのだ。いくらS級と言えど、命は惜しいのだ。


”クソッ……!こうなりゃ逃げるしかねぇ!S級が逃亡って情けねぇ話だが、ヒーローとしての俺を捨ててでも、俺は命を取る……!”


 内心はヒーローと言うよりも、モンスターを相手にするハンターのほうが向いているのかも知れない。

 なにはともあれ、S級27位ヒーロー「風龍」と覇道会構成員「画伯」早見 空の戦いは「風龍」の逃亡により早見が勝利した。ちなみに勝利した早見と駆けつけたばかりの「暴竜」はまさか逃亡するとは思っておらず、呆然としながら「風龍」が逃げ出した方角を眺めていた。


『俺……何もしていないんだが?』


「………なんじゃ…?ドンマイ?」


『ジジイに”ドンマイ”と言われてもな……』


「うっさいわい。」


 2人が何とも言えない会話をしていると、黒装束に身を包んだ男が息を切らしながら走ってきた。


「はぁ…はぁ…はぁ……お、お二方!た、大変です…!……はぁ、波賀様が……討たれました!」


『「ッ!?!?」』


「なんだと!?」


『まじか……!こんなしょうねぇ話ししてる場合じゃなかったな。』


「………『暴竜』!すぐに亜麻界さんのところに向かうぞ!波賀さんが敗れたということは埼玉のメンバーは撤退しているはずだ…!つまり、波賀さんを討つ程のヒーローが東京こっちに来るということだ!急がねば、面倒なことになるぞ!」


『なるほどな……!』


 2人は波賀の敗報を伝えた黒装束の男を放置して亜麻界のもとに全速力で向かい始めた。

 ゆえに2人は見えなかった。ニヤリと口を歪めた黒装束の男の顔が……

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