礼蘭の夏ライブに向けて その二

  放課後になると、礼蘭れいらは、結成したユニット「ランチボックス」のメンバーののん子とオルカの二人を、自宅にまねき入れた。

「ここがレイラの家? スッゴイ豪邸ごうていだね」

 礼蘭の自宅を見たオルカは、目を丸くした。

「ミーは、何度も来たことあるけど、すごいのなー」

 のん子も言った。

「私のパパは、世界で活躍するスッゴイ経営者なんだ」

「ほう、富豪ふごうか。そりゃスッゲェな」

「この家の地下にあるのが、ライブ喫茶きっさ『ダンデ・ライオン』、夏ライブの会場だよ」

「ライブ会場……超近場だ」

 礼蘭からすれば。


 そして、ミュージックルームにて、礼蘭は、自身のオリジナルの楽曲を二人に聴かせた。

「私の歌の師匠に作ってもらった曲だよ」

 それは、礼蘭が匠悟に作ってもらった、『レインボーランド』と『Bery Bery』の二曲だ。

 特に、この二曲を初めて聞いたオルカは、驚愕きょうがくのあまり、言葉を失った。

「……え、スゴくね?」

 のん子も、ウンウンと、首をたてに振った。

「これをネットに上げたら、ヒットチャートにること間違いないなー」

「レイラの歌の師匠って、ナニモンだ?」

 そういうオルカに、のん子が耳打ちした。

「……ここだけの話、レイラの歌の師匠は、ボカロPのライオン玉子なんだなー」

 この衝撃の事実に、オルカはまたもや驚いた。

「え! あの、神曲ばっか作る、超人気Pじゃん!」

「知ってんのなー」

「流行を追うのも大事なことだかんな。それに、ライオン玉子の曲は、どれも何度聞いても神曲だから、好きなんだよ」

「それは、ミーもそうなー!」

 それほどまでにスゴうでで、人気のあるクリエイターが知り合いで、楽曲を提供してもらえるなんて、礼蘭の引きの強さは、怖いくらいである。

 のん子は、ミュージックルームに設置されている、黄色いテントを指差した。

「あのテントに、神Pの全てがまってんのなー」

「……ウソだろ……、てか、家の中でテント暮らしかよ」

 驚いてばかりのオルカに、二人の話を聞いていた礼蘭が説明した。

「匠悟くんは、狭い部屋が落ち着くみたいだからね。このことは、他言無用でお願いするよ。彼のプライバシーのためにね」

「分かってるよ」と、二人は言った。


 オルカは、礼蘭の楽曲を、相棒ギターのオルキヌスで弾いてみた。礼蘭とのん子は、オルキヌスの音色に合わせて歌った。礼蘭は、いつも通りに主旋律しゅせんりつを歌い、のん子は、それよりも低い音程で歌った。


「イイネ! これでイケるかも」

 二曲とも歌い終わって、オルカが言った。ボーカル二人も同意だ。

「でも、あと一曲欲しいのなー」とのん子が言った。

「それなら、ボクがピッタリの曲、作るよ。歌作りもたくさんやってきたからさ。この二曲もアレンジしてさ」

 オルカが言った。これに、のん子と礼蘭は喜んだ。

「おお、そりゃー頼もしい!」とのん子。

「お願いするよ、オルカくん!」と礼蘭が言う。


 そこへ、ミュージックルームのドアが開き、メイドのさっちゃんがお盆を持って、やってきた。

「みんな、おつかー。おやつ持ってきたよー」

 お盆の上には、三つの皿に一個ずつのったどら焼きだ。これに「ランチボックス」のメンバーは皆、大歓喜した。


『どら焼きだ!』

 

 三人は、キラキラ目をかがやかせて叫んだ。

「さっちゃん、もしかしてこれ、手作り?」

「そおやけど?」

「すっごー!」

「さっちゃんて、パティシエールだったんだね!」

 あまりに大げさな持ち上げように、さっちゃんは困ってしまった。パティシエールと呼ばれるほど、どら焼きを作るのは難しくないし、あんこも前にたくさん作って保存しておいたものなので、そこまで手を込んだつもりもない。

「これ作んの、そうむつかしうないよ?」

 そういうさっちゃんに、のん子が言った。

「さっちゃん、お金持ちをナメちゃいけんよ。こちとら、どら焼き食べたきゃ市販品買えばすぐだから、わざわざ作ろうともしないのよ。それが単純なレシピであろうとね」

 やけにカッコつけているが、それは落ちぶれた人間の言葉だ。

(お金持ちもいいことばっかりじゃないんやなぁ)

 さっちゃんは思った。


『いただきまーす!』

 

 さっちゃんの手作りどら焼きを食べた三人は、非常に穏やかな顔を浮かべていた。

「おいしい〜」「なごむなー」「こんなあったかい気持ちになったのは久々だ〜」

 さっちゃんは、あきれながらも、自分が作ったお菓子で人を喜ばせることができたことは、嬉しく思った。



 オルカが三つの楽曲を、作曲、アレンジをし、「ランチボックス」のユニットの方向性を決定づけたところで、練習をする。

 歌の歌唱や演奏はもちろん、ボーカル二人は、ボイトレやのどのケアも行っていった。

 時折、さっちゃんのあたたかな差し入れに、心を踊らせ、なごませながらだ。

 

 ライブ喫茶の普段のライブにも出演した。


「こんばんはー! この度、ウエートレスレイラ、八月に行われる夏ライブに向けて、なんと音楽ユニットを結成しました!」

 この発言に、礼蘭目当てでやってきたお客は、どよめいた。そこには、歓喜の声が多く含まれていた。

「ユニット名は、『ランチボックス』! お弁当は、人と人をつなぐもの。人を元気にするものです。私たちの音楽で、日々を頑張るみなさんにとっての、心の支えになれたらなっと思います!」

「それでは、メンバー紹介です! まずは、私は、ボーカルのレイラと……」

「同じくボーカルの、のん子なー! そしてぇ——!」

「ギターのオルカ。こいつは、相棒あいぼうのオルキヌスだ」

 オルカは、オルキヌスをジャーンと鳴らす。

「それでは、聞いてください! 『レインボーランド』!」


 それは、いつも聞いている曲ではあるが、いつも聞いているその曲とは、ちがう雰囲気ふんいきがあった。

 一曲歌ったところで、ステージは終わり。そこは、いつもの礼蘭のステージと同じだ。


「お疲れ」

 ステージが終わると、「ランチボックス」の三人は、喫茶のカウンター席の空いてる席に座った。マスターの暖手だんでは、三人をねぎらった。

「礼蘭ちゃーん!」

 会計に来た二人の女性客が、礼蘭に声をかけた。礼蘭にとっても顔見知りの常連じょうれんさんだ。

「ユニット組んだんだねー!」「『レインボーランド』、いつもと雰囲気が違って、びっくりしたよ」

「でも良かった!」「夏ライブ、絶対見にいくね!」

「ありがとうございます! ガンバリます!」

 礼蘭は、愛嬌あいきょうよく対応した。

 それを見たオルカは、目を丸くして言った。

「すげぇ、レイラ人気だな」

 それにのん子は言った。

「レイラは、『ダンデ・ライオン』じゃアイドルなー」

 お客の会計の対応を終わらすと暖手も三人に言った。

「礼蘭が、バイトを初めてから、特にバナナメニューの売り上げが伸びて、今じゃ店の売り上げの大部分を占めてるから、バナナの仕入れの量を増やす羽目になったよ」

「たしかに、すごうバナナ系の注文増えたんね」

 空いた客の食器を運んできたさっちゃんが言った。これには、のん子とオルカが苦笑いするだけでなく、礼蘭当人も驚いていた。

「そんなにみんな、バナナが好きなの!?」

 少々的外れなことを言う礼蘭に、暖手、のん子、オルカは皆、礼蘭に淡白たんぱくな目を向けた。さっちゃんは、仕事に戻った。

 のん子が言った。

「バナナ好きもあるかもしれんけど、バナナというより、バナナが好きなレイラが好きなお客が増えたってことだろーなー」

「ガチで礼蘭にみつぎに来てる客も出てきてるから」

 暖手も続けて言う。

「要は、礼蘭にファンがついてきてるんだよ」

 最後に、オルカが言った。

「ファン!? 私に!?」

 ようやく気づいたらしい。礼蘭は驚愕きょうがくした。

「おいおい、今更いまさらかよ……」

「お前、今まで気づかなかったのかよ」

 あきれ果てたのん子と暖手が、口々くちぐちにツッコんだ。

「え……」

 礼蘭は、困惑こんわくした。本当に気づいていなかったようだ。

「いや、たしかに、たくさん声かけられるし、バナナづくしの注文にウキウキしたりしたけど、でも……そこまで気にしたことなかったなぁ」

「まったく、レイラは、罪な女なー」



 そして、「ランチボックス」は、夏ライブのオーディションの第一審査である、デモ音源審査に送るデモ音源を録音し、応募期間が始まって、早々に公式に送った。ライブのわくは、早い者勝ちだ。

(夏ライブ……絶対に出るぞ!)

 礼蘭は、心にちかった。

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