礼蘭の夏ライブに向けて

 季節は夏来たる頃、雨が多くなってくる時期だ。さっちゃんと礼蘭れいらが出会ってから、丸一年がつ。

 礼蘭は、バイト終わりに、暖手だんでから、とある話を持ちかけられた。

「八月の中頃に、割とデカい規模きぼの音楽ライブを開こうと思うんだけど、お前も出るか?」

 突然りてきた大きな話に、一瞬、放心したが、すぐに気を取り戻し、威勢いせいよく返事をした。

「やる!」

 暖手いはく、夏の音楽ライブでは、いつものライブよりも気合いの入ったイベントにしたいと、テーブルとイスを撤去てっきょし、ライブ喫茶を完全にライブハウスにかして、音楽に特化したイベントにすると。

 客の入場にはチケット制を取り入れ、アーティスト側にはオーディションを設け、さらにチケットノルマをす。

 ちなみに、普段は、時間のわくさえいていれば、どんなアーティストでも演奏ができて、チケットというものがない代わりに、喫茶のメニューの値段を大きく引き上げ、それがライブ分の利益とする仕組みなっている。いわば、フリーダムだ。

「なんか、ザ・ライブハウスって感じだね!」

 キラキラ目を光らす礼蘭に、暖手は言った。

「で、だから、ライブに出たきゃ、礼蘭もオーディション受けろってこと」

「了解、わかったよ!」

 礼蘭はソッコーで返事をした。

「で、オーディションて何やんの? 生演奏?」

「デモ音源審査と、生ライブ審査」

「おおっ! で……デモ音源って何?」

「……仮の音源だよ。送られてきた音源を聴いて審査するのがデモ音源審査」

「なるほど」

「まあ、詳細しょうさいは明日、ホームページにせとくよ」

 礼蘭は、夏のライブに出るために、オーディションにいどむことにした。



「ねえ、れいらん」

 お風呂上がりに、髪をドライヤーでかわかしている最中さいちゅう、メイドのさっちゃんが礼蘭に話しかけた。

「ん、どうしたの?」

「オーディションって、自信あんの?」

「んー、まあ、いつも通りに楽しむだけだよ」

 そんなことが気軽に言えて、実際にそれができてしまうから、礼蘭はすごい。さっちゃんの場合は、いくら頭に思い浮かべて、実行しようと思っても、いざその場に立つと全然何もできなくなるものだ。

「れいらんすごいなー」



 翌日の登校時、のん子と花日はなひ先輩と会った時に、二人に夏ライブのことを話した。

「それ、ミーもやりたいなー!」

 と、のん子が前のめりになって言った。

「え、のん子も!?」

 のん子は、普段はVTuberとして、ライブ配信や動画投稿をして人気を集めている。

「ミーだって、歌ってみた動画出して、評価高いんだからなー」

 それは知ってる。礼蘭ものん子の歌ってみた動画は全て網羅もうらしていて、どれも上手い。

「レイラとミーでユニット組んで、一緒に歌おうなー!」

「いいね! 歌おう!」

 こうして、礼蘭とのん子のユニットが結成された。

「あと、一人くらい楽器メンバーが欲しいのなー」

「楽器って、ギターとか?」

「伴奏弾いてくれりゃあばなんでもいーけど、希望はギター」

 そこへ花日先輩が、口を切った。

「それなら、いい子がいるわよ。スゴ腕のギタリストが」



 学校に着くと、花日先輩は、礼蘭たちを三年生の教室に連れた。

 花日先輩は教室を覗くと、とある生徒の名前を呼んだ。

「オルカ、いる?」

 すると、一人の生徒が花日先輩の所にやってきた。

「オハヨウ、花日。どうしたの?」

 彼か彼女か、どちらとも呼べる、中性的な風貌ふうぼうをした生徒で、シャチをしたモンスターサイズのパーカーを着て、全体的に黒と白のモノクロームなコーデが特徴的だ。

 天然由来であろうストロベリーブロンドカラーの、前髪ぱっつんアシメボブのヘアスタイルに、シルバーアイがクールにキマっている。

「おはよう、オルカ。君に頼みたいことがあるんだ」

「何?」

 フレンドリーに会話する二人に対し、花日先輩の後ろの後輩三人は、ぼんやりした顔で突っ立っていた。

 三人を代表して、礼蘭が花日先輩に尋ねた。

「あの、先輩。こちらの方は?」

 花日先輩が答える前に、オルカと呼ばれた生徒が名乗った。

「ボクの名前は、坂下さかしたオルカ。キミらよりも先輩っぽいけど、敬語は不要ふようだよ。オルカでも、クンでも、ちゃんでも、好きに呼んでかまわない。

 ボクが好きなのは、ロック。ジブンでギターも弾くよ」

 オルカは、一気に自己紹介をした。“ロック” と “ギター” の言葉に、礼蘭は、反応した。

「あっ、ギター!」

 それに続けて、花日先輩が説明した。

「そう彼が、オレの言っていたスゴ腕のギタリストよ。去年の文化祭でも、スゴかったし」

「ちょうどいーのなー」とのん子は、手を合わせて喜んだ。

 花日先輩は、あらためて後輩三人をオルカに紹介した。

「オルカ、彼女たちは一年ののん子、礼蘭、さっちゃん」

「よろしく、オルカくん!」

「ヨロシク」

「それで、礼蘭とのん子が夏に音楽ライブに出る予定だから……」

「ライブ!? イイよ! やろう、ライブ!」

 オルカは “ライブ” の単語にソッコーで食いつき、依頼を承諾しょうだくした。

「早い……」周囲の皆がそう思った。

「じゃあ、さっそくボクのウデマエ見せてあげるよ。ギター持ってきてるからさ」

 トントン話が進んでいく。

「オルカは、話が早くて助かるよ」と花日先輩は、笑った。



「ここでいっかな?」

 そこは、生徒たちの憩いのスペース。今も、たくさんの生徒でにぎわっている。

 オルカは、部屋の壁際にこしを下ろし、ギターをケースから取り出した。

「じゃーん! このコが、マイギターのオルキヌスだよ。カッコイイでしょ?」

 オルキヌスの名前が付けられたオルカのギターは、同様に黒と白がえたスマートなデザインで、シャチとくちびるのステッカーが貼られていた。

「おー、カッコいい!」礼蘭がギターを称賛する。

 そして、オルカは、その場にいる生徒たちに呼びかけた。

「Hey, guys! 今からちょおっとだけライブやるから、耳だけでも向けてて!」

 オルカの声に、皆が興味深そうに視線をそそぎ、近くに寄ってきた生徒たちもいた。

 ギターの準備が調ととのうと、演奏のかまえに入った。

「そんじゃあ、いくよ!」

 オルカは、呼吸をととのえ、ギターをき鳴らした。

 英語の歌も歌った。ギターも歌唱もすごく上手い。プロと言っても遜色そんしょくないほどの。

 たくみみな技に、皆が心をつかまれた。

 一曲の一部分だけ歌い上げたところで、演奏を止めた。

 拍手と歓声が巻き起こった。

「すごいなー!」

「超上手い!」

 のん子と礼蘭も例外ではない。さっちゃんも感動していた。

「すごい」

 オルカは、礼蘭とのん子に向けて言った。

「ボクは、小学生の頃から学校にも行かず、ずっとギター三昧ザンマイだったから、ギター弾いた量じゃ、ベテランレベルだよ」

 そう言うオルカに、礼蘭とのん子は震え上がり、頭をれて平伏へいふくした。

『そ、そのようなお方についてもらえるなんて、光栄なかぎりです!!』

 二人は口を揃えて叫んだ。

「息ピッタリね」

 花日先輩は、呆れて言った。

(なんか、すごうことなったなぁ)

 とさっちゃんは思った。

 当のオルカは、困っていた。

「えっ、ちょっと、ちょっと! 顔上げて!」

 こうして、オルカが仲間に加わった。



 さっそくお昼にオルカを誘い、計五人で昼食を食べる。

「じゃじゃん! ラーメン!」

 オルカは、自分の昼食を皆に見せびらかした。

『お〜』「ラーメンだ」「自販機にあるやつ?」

 礼蘭とのん子がそれを見て、感嘆の声を上げた。

「そうそう!」とオルカは喜んだ。

「オルカは、ラーメン好きよねぇ」と花日先輩が言う。

「ンフフ〜。ラーメンが手軽に買えちゃうなんて、ニホンゴッドだ〜」

『だよねぇ』

 礼蘭とのん子は、うんうんと同調する。

 さっちゃんは、お弁当を食べつつ、時折観察するように、オルカをじっと見た。そして、目を伏せた。

 昼食を食べ終えると、礼蘭は、ライブ喫茶「ダンデ・ライオン」の公式ホームページを確認した。

「あ、出来てる。さすがお兄ちゃん」

 兄をベタ褒めする礼蘭に、オルカが驚いて尋ねた。

「レイラって、お兄ちゃんラブなの?」

 礼蘭は、「しまった……」と言うような顔をして、ためらいつつ返事をした。

「そうだよ。悪い?」

「ううん。素敵なことだよ。でもボクは、一つ上に兄と、三つ下に弟がいるんだけど、大切じゃないわけじゃないけど、そこまでラブでもないから、びっくりした」

「ミーもそんなだなー」とのん子もなだらかに同調した。

 礼蘭は一つため息をついて、再度、ホームページを確認した。他の皆にも見せた。

 

 ライブの情報と、それに向けたオーディションの情報を確認し、ユニット活動を開始して行く。

 礼蘭がパンと手を合わせて、口を開く。

「ユニット名、決めようか」

 のん子は言った。

「レイラが決めれば?」

「ええっ!」

 ソッコーで来たこの返しに、礼蘭は驚いた。

「いいの?」

 オルカは言った。

「言い出しっぺは、レイラだろう? アンタがキメてよ」

 急に言われても困る。ユニット名……どうしよう。

「なんでもいい?」礼蘭は二人に尋ねる。

「まー、名前なんて何だって良くなるもんなー」とのん子。

「それはあるな。どんな名前にしたって、活動続けて行くうちに愛着が湧いてくるだろうね」とオルカ。

(まるで、ハナから私のネーミングセンスなんて期待してないみたいだ)

 礼蘭は、複雑ふくざつな心境になった。まあ、期待されてもこまるけど。

 さて、何にしよう。とりあえず周囲を見渡した。

 さっちゃん。……幸、幸せ、幸福。あとは、和、梅、野草、可愛い。

「なん、れいらん」

「考えてんの」

「さち見たって、なんもないでしょ」

「そんなことはないよ」

 まあ、何も降りてこない

 花日先輩。……綺麗きれい、華やか、お花、大人可愛い、美人、天使、女神。あ、ダメだ。あとは、ファッション、カメラ、撮影、フォト、フォトグラファー、フェミニンコーデとか。

 でも、先輩のイメージを、先輩のいないユニット名に使うのもな。さっちゃんにも言えることだけど。

 そんで、のん子は……ねこ、猫、猫、猫……猫とネットとゲームぐらいだ。

 オルカくんは……白と黒、パンダ……いやシャチだ。あとはギターと、ゴールドの髪とシルバーの瞳がきれいだ。

 しかし、ユニット名にふさわしい単語は降りて来ず、困って今度は、下を見ると、あるのは、空の弁当箱。

 あ!

「『ランチボックス』は?」

 弁当箱を英語にした、単純明快なネーミングだ。

 しばらく間が空き、変な空気がただよっていたが、のん子とオルカは顔を見合わせると、揃ってグッドサインを出した。

「ホントにいいの!?」

 礼蘭は叫んだ。そう思わざるを得ない。

「いいじゃん! カワイイじゃん!」とオルカ。

「そういう安直な名前が親しみやすかったりするんだなー」とのん子。

めてんだか、けなしてんだか……)

 故をもって、礼蘭とのん子とオルカの三人のユニット名は、「ランチボックス」に決まった。

 

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