メイドのお仕事

  れて礼蘭れいらのメイドとしてやとわれたさっちゃんは、天田あまた家にすまい、礼蘭のお世話係をすることになった。


 カンカンカンカン!!


「れいらーん! 起きてー! 朝だよー!」

 さっちゃんは、おたまとフライパンでカンカンらし、寝ている礼蘭を起こす。

「……」

 それでも礼蘭は起きない。

「れーいーらーん!」

 カン! カン! カン! カン!

 やっと礼蘭は起き上がった。だが、顔は寝ぼけたままだ。礼蘭は、さっちゃんを見るなり、ベッドから出て、ぎゅうと抱きしめた。

「おはよ、さっちゃん」

「オハヨ」

 さっちゃんの内心は、うれしさ六割、うとましさ四割といったところだ。

「ゴハン行くよ」

「んー」

 さっちゃんは、礼蘭の手を引き、二階のダイニングへ連れていく。


 いまだ寝ぼけた顔をしながら、朝食をむ礼蘭。食事は暖手だんでが用意している。

 さっちゃんは、そんな礼蘭を見て言った。

「れいらんて、こんなねぼすけさんなんね」

 これに暖手は言う。

「前まではもっと動けてたんだけど、完全にさっちゃんに甘えまくってる」

「——おっきいくせに」

 さっちゃんは、ぼそっとからかうように言った。礼蘭は、それを聞きのがさず、人差し指でさっちゃんのほおを突く。

「関係ないから」


 朝食を食べ終えると、洗面所にて、さっちゃんは、歯磨はみがきをする礼蘭れいらの長い長いかみのブラッシングをしていた。台にのぼったりおりたりして、さーっと頭からふくらはぎまでをといていく。

 サラサラにととのうと、髪を頭の高い位置に一つにまとめ、ゴムでしばる。

 一通りが完了すると、さっちゃんも歯磨きをした。

「今度は私が髪やるよ」

「いい。もうやったから」

 さっちゃんはことわるが、「じゃあ、もっと可愛かわいくしてあげるよ」と礼蘭はさっちゃんの髪にれる。

 さっちゃんの髪をくしでといたあと、髪をハーフに分けて、上半分の髪を、高く持っていき、くるりを丸めて、飾り付きのゴムで縛る。小さいお団子ヘアの完成だ。

 

 髪をととのえたら、各自着替えて、学校へ行く準備を進める。さっちゃんの部屋は、和室の部屋を使わせてもらっている。

 準備が|整えば、一緒に出発する。



「はよーっす、新婦のお二人さん」

「新婦じゃないから」

 学校の最寄駅もよりえきまる電車を待つ、駅のホームで、のん子と花日はなひ先輩の二人と合流する。

「おはよう、みんな」

「おはよー、先輩」

「あら、さっちゃん。お団子、可愛いわね」

 花日先輩は、さっちゃんを見るなり、頭にちょこんとのっているお団子を褒めた。

「わー! かわよ!」

 のん子もそれに注目し、称えた。

「へへ、れいらんにやってもらったんだー」

 おニューの髪型を褒められたさっちゃんは、鼻を高くして、それを自慢した。

 うれしそうに自慢するさっちゃんを見て、礼蘭は表情をゆるませながら思った。

(可愛い)


 さっちゃんが礼蘭のメイドになったことを話したのは、特に仲の良いこの二人だけだ。そのあらましを聞いたのん子は「結婚けっこんしたんか」と、二人を婦々ふふのように扱うようになった。二人、特に礼蘭は否定しているが。

「でも二人とも、とってもお似合いよ。本当に結婚しちゃってもいいんじゃないかしら」

 花日先輩も二人に言った。

「先輩まで……」

 でも、本当に結婚して、婦々になるのも悪くないとも思っている二人。

「女の子どうしのだけど」

「いいじゃないかー、えるんだから」

「萌えるって……」

「イマドキ同性愛なんて、珍しくもなんともないのよ」

 のん子と花日先輩は、口をそろえる。この二人も二人でお似合いだなと礼蘭は思う。

「ていうか、いたりとかせえへんの?」

 さっちゃんは、のん子と花日先輩の二人に尋ねた。

 のん子は、

「ミーは、そこまでレイラに恋慕こいしたってるわけじゃないんなー」と答え、

 花日先輩は、

「オレは、ペアで推してるから、二人とも好きなの」と答える。

「まー、それもあんなー」とのん子も同調する。

 さっちゃんは、耳れない言葉が飛び出してきて、ポカンとした。ペア? 推し?

 ちょうど目当ての電車が来て、すぐにその疑問を問えなかった。

 

「ペア、推し? なんそれ」

 すぐにのん子が飛びついた。

「説明しよう! 推しとは、……んー、端的たんてきに言えば、人がめっぽう愛し、応援するスターとか物とかかなー。例えば、さっちゃんは梅柄うめがらが好きでしょ?」

「うん、梅ならなんでも好き」

「なら、さっちゃんは梅推しってことなー!」

「あー」

「んで、ペア推しは、二人の人間のそれぞれの人間性とか、関係なんかを丸めて推すことなー」

「なるほぉ」

「さっちゃんとレイラのペアは、めっぽう萌える」

 のん子はそう言って、グッ! と親指を立てる。花日先輩も微笑ほほえむ。

 さっちゃんとのん子は、なんとも言えない気持ちになった。


 登校後でも、さっちゃんのメイドの業務は続いている。なんせ、業務内容は礼蘭のお世話係。学校内では、基本きほんずっと、礼蘭のそばにつかえて、サポートをする(礼蘭の手足となる)。

 まさにメイドと主人のやりとりを見たのん子は「ほんとに主人とメイドなー!」と、驚きと感動を含んだ反応をした。

「つうか、お母さんと子どもなー……」とも言った。

 

 お昼のお弁当も、二人分まとめてさっちゃんが持っている。

「れいらん、お昼行こっか」

「行こー!」

 荷物を持つさっちゃんと、手ぶらな礼蘭。これを遠目から見たのん子は思った。

(この絵面エヅラ、二人の見ためと立場のギャップ、たまらな!)

 目の前で繰り広げられている、“萌え” な光景に鼻を鳴らして、ときめいていた。

「のん子も行こー!」

「オー! なー!」


 花日先輩とも合流し、お昼ご飯へ。

「れいらん、今日のお弁当はオムレツだよ〜」

「さっちゃんの好物だね! さっすがお兄ちゃん!」

 さっちゃんがメイドに就任しゅうにんして以降いこう、さっちゃんのお弁当も暖手だんでが作っている。

「お兄ちゃんて」

 兄をベタめする礼蘭に、のん子は呆然ぼうぜんとした。

 花日先輩は、クスクス笑って言った。

「お兄さんのことも好きなんだね」

「もっちろん!」

 明朗快活めいろうかいかつに答える礼蘭に、のん子はさらに呆然とした。まるで未確認生物でも見ているかのような目を向けるのん子に、礼蘭はムッとした。

「何よ、のん子」

「レイラのブラコン度、ハンパないのなー」

「悪い?」

「ミーにも、兄はいるけど、カップメンみたいに “フリーズ” で “ドライ” だから。『お兄ちゃん好きー!』とまではいかないのなー」

 そう話すのん子に、礼蘭は少しだけ肩を落とした。

「人が人を好きになるのに、立場なんて関係ないのよ。何だって好きになれて、好きなものを『好き』って堂々と言えてしまう素直すなおさが、礼蘭の強みよね」

 花日先輩が言った。自分をおもって言葉をかけてくれたあこがれの先輩に、礼蘭は感激した。

「センパーイ!!」

 これにのん子は、確かに、と言うような顔で、息をいた。

「それもそうなー、悪かったなー、礼蘭」

「気にしないで、いいよ!」 

 また明るさを取り戻した礼蘭が言った。ここまでの様子を一歩引いたところから見ていたさっちゃんは、思うものがあった。



 学校が終われば、帰宅、そして、バイトだ。帰ってすぐにバイトの格好に着替え、ライブ喫茶きっさへ。

「おつかれさまでーす!」

 礼蘭は元気よく挨拶あいさつをした。

「おつかれさまです」

 さっちゃんも続いて挨拶をした。

「おつかー」

「おかえり、礼蘭、さっちゃん」

 匠悟しょうご暖手だんでが返事する。


「いらっしゃいませ〜! 好きなお席にどうぞ〜!」

 

「お待たせしました〜! ポテトでございまーす!」

 

 いつものように、愛嬌あいきょうを振りまく礼蘭。


「いらっしゃいませー。好きなとこにどうぞー」


「ナポリタンとコーラでーす」


 不器用ながらも、けなげ頑張がんばるるさっちゃん。

 この二人の存在は、お客たちの心をわしづかみにし、多くのリピーターを生み出している。

「やっばい、レイラちゃんとさちはちゃん、かわいすぎぃ〜」

 二人を遠目から見て、えつひたるお客もいれば、

「さっちゃーん、やっほー」

 と声をかけてくるお客もいる。さっちゃんは、困りながらも手を振り返す。

「きゃー♡」「かわいー!」

 もはやアイドルだ。


「お待たせしました、バナナサンドとバナナケーキとバナナスムージーです!」

(このお客さん、バナナ好きなんだー! 私と一緒だ。美味おいしそう♡)

 好物ぞろいの品々に目をかがやかせながら、注文をとどけに来た礼蘭に、リピーターのお客は尋ねた。

「レイラちゃん、今日は歌うの?」

「はい、その予定です!」

「楽しみにしてるよ!」

「ところで、バナナ好きなんですか!?」

「そうなんだよ! このお店、バナナメニューが多くて最高だよね!」

「そうですよねー! 私も大好きで、それでお兄ちゃ……いや、マスターがたくさんバナナメニュー作ってくれたんです……」


「礼蘭ー! 仕事に戻れー!」


 バナナトークに花を咲かせる礼蘭に、暖手が呼びかける。


「あ! ごめんなさい! ではまた、足を運んでくださると嬉しいです! ではまたー!」


 礼蘭がカウンターに戻ると、暖手はあきれた顔を向けていた。

「ごめんよ、お兄ちゃん」

「礼蘭、あんまりお客さんと話しすぎんなよ」

「はあい」

 そこへ、暖手のすぐそばのカウンター席で携帯をいじっていた匠悟が、礼蘭に耳打ちする。

「暖手はね、レイラちゃんが他の男と話してるの見て、嫉妬しっとしてるんだよ」

「は!」

 礼蘭は一瞬おどろいたのち、すぐにニコニコ笑顔になった。

「?」

「あ、テーブル片付けなきゃ」

 わざとらしく言って、その場からはなれた。暖手は匠悟をじっと見てたずねた。

「何言った?」

「なんでもー」

 匠悟は、風にたなびくやなぎのように、軽く受け流した。

 おかげで店が繁盛はんじょうしているのは良いことだが、大事に思う妹がお客、特に男と楽しそうに話しているのを見るのは落ち着かない、フクザツな兄心。顔には出さないけど。

(ツンデレシスコンお兄ちゃん)


 ライブが始まる時刻になり、おなじみトップバッターをかざる、レイラがステージに立つ。今や、レイラを目当てに来るお客は少なくない。

「こんばんはー! ウエートレスのレイラです! ライブ喫茶『ダンデ・ライオン』にご来店いただき、ありがとうございます! 今日、私が歌いますのは、最近、新しく作ってもらった新曲、『Bery! Bery!』です。どうぞ、お楽しみください!」


 その新曲は、またしても、礼蘭にぴったりな楽曲だった。


 歌う礼蘭は、とっても楽しそう。はずむような歌声や、リズムに乗って動いているその身体が、それを伝えてくる。いている方にも「楽しい」が感じ取れて、こちらも楽しくなってくる。お客はみんな、礼蘭にくぎづけだ。さっちゃんも、その一人。



 ライブ喫茶のバイトが終われば、あとは、お風呂ふろに入って寝るだけだ。ばんご飯は、ライブが終わってお客がみな帰って行った後に、まかないとして、メニューのどれかを食べる。

 さっちゃんは、必ずオムライスをたのみ、礼蘭は、必ずバナナのメニューのどれかを頼む。

 好きなものが毎日食べれるというのは、最高だ。


「さあ、お風呂だ! いくよ、さっちゃん!」

 礼蘭のご所望しょもうで、礼蘭とさっちゃんは、いつも一緒に入っている。

 風呂場では、さっちゃんが礼蘭の髪や体をあらい、それが終われば、今度は、礼蘭がさっちゃんの髪や体を洗う。

 湯船ゆぶねに入れば、ほーっと心がやすらぎ、心も体も温まってくる。礼蘭はさっちゃんをぎゅーっと抱きしめた。


 風呂から上がって、いろいろな手入れをませた後は、スポーツルームでヨガをする。これを習慣しゅうかん化している礼蘭は、かなり柔軟じゅうなん身体からだを手に入れているが、さっちゃんがそこまでになるには、まだ時間がかかるよう。

 ヨガが終わって、トロピカルな寝室のベッドに一緒に入ると、またしてもさっちゃんをきしめた。

「さっちゃん、今日はありがとう。明日もよろしくね」

 あまくてやさしいあたたかな声と言葉に、さっちゃんの心はチョコレートのように、じんわりとけているかのようだった。

 礼蘭れいらは手をはなし、仰向あおむけになった。|今回はそんなに長くなかった。

「じゃ、おやすみ〜」

 といって、目をつぶった。以降はさっちゃんの自由ということだろうか。さっちゃんは、目を|閉じる礼蘭をじっと|見てほほえんだ。

(れいらんは、甘えんぼうだ)

 と思った。さみしいのだろう。

 母親はすでにこの世に居なく、父親も滅多めったに帰って来ず、頼れる身近な存在と言えば、兄の暖手と匠悟と、あとはのん子と花日先輩ぐらいだ。でも、礼蘭の年端としはや体の大きさなんかを考えれば、そうやすやすと人に甘えてもいられない。

 切ないなぁ。

 さっちゃんは、すぐそばにある礼蘭のうでを、ポン、ポン、とやさしくたたいて、子守唄こもりうたをうたった。幼い妹を寝かしつけるように、あやすように。

 礼蘭のざされたまなこから、ポターっとあたたかなしずくが、引かれるままに流れていた。

 同じうたを何度もくり返し唄い、礼蘭が完全に眠りについたのを確認すると、ようやくさっちゃんも眠りにつく。


 こうして、また一日がまくを閉じたのだった。


 

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