さっちゃんをメイドに

 時刻じこくを見ると、もう帰らなくちゃの時間になっていた。

 でもまだ、帰りたくない。もっとずっと、一緒にいたい。そう思うさちに、れいらんは頭をでて言った。

「またいつでも来ていいよ。梅巴うめはちゃんとも一緒にさ」

 梅巴とも——。

「ありがと、れいらん」

「それと、いいこと思いついたんだけどさ」

「ん、なん?」

「さっちゃん、私のメイドにならない?」

「え?」

 突然とつぜんのことに、さちは少しの間、放心ほうしんしていた。

「メイド?」

「そう、さっちゃんが私のメイドになって、私の身の回りのお世話をするの。それで、お給料きゅうりょうを払えば、ちゃんとした形でお金の支援しえんもできるし、さっちゃんともっと一緒にいれるしね〜。どう? 名案めいあんじゃない?」

「えぇ……」

 ちゃんと聞いてみれば、たしかにいいかもしれんけど。

「さちができるの? 年齢ねんれい的に」

「さっちゃんは、高校生でアルバイトもできるし、深夜しんや労働ろうどうとか、ブラック労働とかさせなきゃ問題ないでしょ。あとは、うちのパパと、さっちゃんのお母さんの同意どういがあればね。ほとんどバイトと一緒だよ」

「バイト……でも、うちのことあんし……」

「さっちゃんがお金をげば、お母さんの負担ふたんるし、いくらか余裕よゆうになると思うよ」

「……でも、お母ちゃんは、ずっとはたらきづくしで、全然ぜんぜん家に帰ってこんの。れいらんが教えてくれたこととかやってみて、お金はけっこうまって、余裕よゆうはあるんはあるんやけど、それでもお母ちゃんは、休んでくれんくて」

「それはキケンだね。はたらきすぎでたおれてしまうかも」

 さちもずっと心配しんぱいしてる。でも、お母ちゃんは「少しでも時間がいたら、また幸巴に迷惑かけちゃう」言うて、休もうともしない。死んじゃう言うても「こんな馬鹿ばかなお母ちゃんなんて、とうに死んじまった方がいいでしょ」と、聞き入れてくれない。

 そんなことない。お母ちゃんにはまだ、死んで欲しくない。死なれてはこまるんだ。

「……お母ちゃん」


「さっちゃん、お母さんと会ってお話したいんだけど、会わせることってできる?」


「……今晩こんばん、言ってみる」

「ありがとう。私もパパに相談してみる!」

 急にすごいことになったもんだ……。これで、お金持ちへの道がうんと近くなった気がする。

 そう思って、さちは家に帰った。さちがれいらんのメイドに!?


 

 その日の晩。私は、お風呂上がりに、海外にいるパパとビデオ通話をする。

 パソコンの向こうに、パパの顔がうつった。

『やあ、礼蘭れいら

「パパ〜!」

 私のパパは、実年齢のわりに、かなり若い見た目をしている。前髪を作っているのもあるだろう。

『元気にやってる?』

「うん、私もお兄ちゃんも絶好調!」

『そりゃあよかった。それで、礼蘭、今度はどんな良いアイディアが浮かんだんだ?』

 パパはさっしが良い。さっすが、おくかせ経営者けいえいしゃだ。

単刀直入たんとうちょくにゅうに言うと、私の友達をメイドとしてやといたいの」

『メイド?』

 私はパパに、そのわけやさせる予定の仕事内容、お給料に関することのあらましを説明した。お給料は、私がめてきたところから出すことに決めた。パパのお金にはたよらない。


礼蘭れいら、君は素晴すばらしい子だ。他人を想い、自分にできることを考え、行動することができる。そんな人材は、世界でも重宝ちょうほうされるよ』

「そんな、たいそうな気持ちじゃないよ。私はただ、——彼女の助けになりたいんだ」

 最後の一言、何を言おうか、戸惑とまどった。

『じゅうぶん、礼蘭は素敵だ。——分かった。向こうの親御おやごさんのゆるしをたらな。その時は、お小遣こづかいのがくを増やそう』

「ええっ、いいよ! 今の額でもじゅうぶんすぎるくらいだし、パパのお金に便たよりすぎるのも……!」

『いいや、これは俺の個人的なプレゼントだ。自慢の娘へのな』

 本当、今までもお小遣いのいきを超えた、もんすごい量の金額をもらっているのだが、さらに増えるのも、使い道に困る。全部、さっちゃんへのお給料に当てようかな。いや、あげすぎもよくないかも。まあでも、親から子への愛だ。素直に受け取ってあげよう。

「ありがとう、パパ」

 お礼を言うと、パパの顔は急にムフフな表情になった。

「……どうしたの?」

『礼蘭って、異国的なものをこのみがちだけど、意外と日本人な心を持ってるんだな』

「えっ! どういうこと!?」

遠回とおまわしな言い方をするとか』

 あー、あれかー! 気づかなくてもいいところを。

「べ、別に、あれに深い意味とかないし!! 文字のまんまだし!!」

 私はあわてて弁明べんめいした。


 パパとの通話を切ると、そそくさとホビールームを出た。ベッドルームに直行ちょっこう

「礼蘭」

 ドアのすぐそばに、お兄ちゃんがいた。

「お兄ちゃん!? 聞いてたの!?」

「うん」

「全部?」

「うん」

 えーっ!! あれもこれも全部ー!!?

 私は、決まり悪さのあまり、お兄ちゃんをポカポカしたくなったが、その前に両手手首をつかまれ、できなかった。悔しさのあまり、ぷーっとほっぺをふくらませ、お兄ちゃんをにらんだ。

「そんな、うらまれるようなことはしてないつもりだけど」

盗聴とうちょうダメゼッタイ」

「だって、お前が父さんと話するなんて、だいたい大きなことやろうとしてる時だからな。聞いておかないと」

「……」

 まあ、でも、お兄ちゃんにも、言っておくべきだよね。

「お兄ちゃん、私ね、さっちゃんをメイドとしてやとうことにしたんだ。まだ確定じゃないけど、さっちゃんのお母さんとも話して、許しをえたら……」

 お兄ちゃんは、あきれた顔でため息をついた。なんだよ。

「まったく、礼蘭は、みょうなアイデアがポンポン出てくるなぁ」

「悪いかい?」

「父さんが許可してくれたんなら、俺は別にいいんだけどさ。あんまりさっちゃんを振り回しすぎるなよ」

「分かってるよ」

 お兄ちゃんは私の手を離して、階段を降りていった。

 私は、ベッドルームに直行した。


 そして、ベッドに飛び込んだ。

 胸がじんと熱い。この気持ちは、なんだろう。

 

 さっちゃんは、ただの友達なはずなのに。


 ……いや、ただの友達をメイドにはしない。


 ……ただの友達に、キスはしない。ぎゅーと抱きしめたいとは思わない。


 そもそもさっちゃんとの関係に、「友達」という言葉は合わないと思った。他人への紹介を簡単にするために、「友達」とは言うけれど。


 友達でなければなんだろう。運命の糸で結ばれた関係? 神様によって、引き合わされた関係? 少なくとも、友達以上の関係だろう。じゃあ、親友? それもちがう気がする。


 当てはまる言葉が見当たらない。それほど特別で神秘しんぴ的な存在——同時に、深いやみも抱えているけれど。神秘と闇は紙一重かみひとえだ。


 さっちゃんとの出会いは、運命的なものだった。「幸巴さちは」と縁起えんぎの良さそうな名前をしているけれど、ちっとも幸せそうじゃなくて、苦しそうで。

 

 私は彼女に、幸せになって欲しい。「お金持ちになりたい」という夢を叶えて、笑顔になって欲しい。


 彼女が抱える苦しみ全部を、取りのぞいてあげたい。


 ずっとそばにいたい。


 ずっと一緒にいたい。


 さっちゃんに、会いたい。


 ともすると、狂気きょうきにも思えるこの気持ちを、一言でいうと——ということなんだろう。


 早くさっちゃんと、一緒にいたい。


 その後、さっちゃんから連絡が来た。明日お母さんに、休みを取ってもらえたらしく、メイドの話もしたそうだ。絶対に、あやしんでいるだろうから、私が直接会って、説明しよう。

 さっちゃんの……お母さんに……。なんだか、緊張きんちょうしてきた。

 お兄ちゃんに、伝えよう。

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