れいらん邸のルームツアー その二

 気づけばさちは、またあの真っ黒闇くろやみの中にいた。


「サチハ……」


 そしてまた、あのおぞましい声が聞こえた。見上げると、でっかくてノッポで、骸骨がいこつのような見た目の貧乏神びんぼうがみが、現れた。


「もう、その顔見たくない」

 さちは顔をしかめて、貧乏神に堂々と言った。


「カンケイナイ……。オマエガドレダケオレヲコバモウガ、オマエハオレニアラガエナイ……。ソレガヨノコトワリダ……。オマエハイッショウヲビンボウニイキ、ビンボウにシヌ……。オマエノセンゾモソウシテイキテキタ……。コレハ、デントウダ……。シュクメイダ……。アラガッテハナラナイ……。アラガウコトナドデキナイノダ……」


「そんな伝統、クソくらえだ! さちの代で終わらせてやる!」


「ムリダ……ゲンニイマ、オマエハドウナッテイル……? カネモチムスメノヘヤヲノゾイタダケデ、タオレタデハナイカ……」


 ううっ……。

「それは——」


「シンソコキラッテイルモノニナロウトスルナド、ムボウキワマリナイ……。ウマレルマエカラキマッテイルサダメニアラガワオウトシナイノガ、カシコイイキカタトイウモノダ……。」


「うるさい! お前なんかが、さちの生き方を決めるな! さちは、自由に生きるんだ! 絶対、絶対、絶対にだ!」


 ピシャーン!!


 突然、黒闇の中にはげしい雷鳴らいめいとどろいた。突然のこともあって、さちは萎縮いしゅくした。


「ナンドモイワセルナ……! シュクメイニアラガウナ……! タダシクイキロ……! ミチヲフミハズスナ……!」


「嫌だ!」


 ドカァーン!!


 ピシャーン!!


 ドシャーン!!


「オマエガクビヲタテニフルマデ、イカズチヲナラシツヅケル!!」


 嫌だ! 嫌だ! 貧乏びんぼうのまま、劣等れっとうのまま、不自由ふじゆうのままで死にたくない。れいらんのように、もっと自由じゆうに、もっとたのしくしく生きたいんだ。

 いかずちまない。威圧いあつするような轟音ごうおんが、さちの心をおどし続ける。それでも、負けたくない。さちは、れいらんのようになりたい。

 れいらんの豪華ごうかすぎるおうちを見て、嫌悪けんお感をいだいたのは、うらやましいとあこがれ、それを大波おおなみのようにむ劣等感。そこからき出る、ねたそねみといったみにくい感情をいだいてしまう、自分の心のまずしさに対する嫌悪けんお感だ。その感情を抱いているかぎり、さちはれいらんとずっと一緒にいれない。

 それだけは……その夢だけは絶対に、かなえたい。


「れいらん……」


 するとその時、さちのほっぺに、やわらかなものが、チュ、と少しだけ触れた。

 これは……? と、ほっぺを触ってみても、何もない。——いや、違う。


 目が開いた。そこには、れいらんの顔があった。優しくほほえんでいた。

「大丈夫? さっちゃん」

 見慣みなれた大好きな顔に、不安はほぐれて、安堵あんどの気持ちがぽかぽか現れた。

「ありがと、れいらん」

 安堵のあまりに、れいらんに抱きつきたくなったが、さちが布団から動く前に、れいらんの方からやってきた。

 さちの入っている布団に入ってきて、ぐいぐい横へ横へと押していく。さすがにさちの小さなおしりじゃ、れいらんの大きなおしりにあらがえない。押されるままに押されてく。

 二人で一つの布団にこもっている。ところでさちたちは今、和室にいる。さちん家にいるようで、落ち着く。

 れいらんはさらに、さちにぎゅっとった。

「どんな夢、見てたの?」

 そんでたずねた。なかなかするどい。

「忘れた」

 とりあえずそう言った。ほんとは、ぼんやりと覚えているものの、れいらんに話すことじゃない。

「うなされてたよ。いやな夢ってすぐに忘れたいけど、そういう夢ほど、覚えているものだよ」

 れいらんの前にウソはつうじないっぽい。

「れいらんが聞いてとくするもんじゃないよ」

「人の夢の話聞いて得することなんて何もないよ。それに、うなされるくらいに怖い夢をみるって、相当深刻しんこくな問題を抱えているってことだよ。私になら、話せる?」

 ここまで優しくされたら、心をゆるめざるをえない。

 さちはれいらんに、貧乏神のことを話した。幽霊ゆうれい話を語るように。

「さちん家には、家を代々守ってるっていう神がいて、それがさちの夢ん中で出てきたの。

 見た目は骸骨みたいに痩せこけて、全身黒い布まとったおきなで、声もガッサガサ。見んからに貧乏神って感じで。」

「ほう」

「んでその貧乏神は、ひたすらさちに、お金持ちになることはよこしまなことだって言うてきて、ずっと貧乏のままでいろぉて言うてきて、そんでもさちはあらがったの」

「ふんふん」

「で、さっきまた貧乏神が現れて、さちに宿命に抗うなぁ、抗うなぁ言うてきて、しまいにはおこっていかずち打ってきて、超ビビったの!」

 ここまでを聞いて、れいらんは叫んだ。

「こっわあ〜!!」

 そんでさちに泣きついた。

「さっちゃ〜ん、ほんと、幸せになって〜。私はずっと味方だから、さっちゃんは一人じゃないよ」

 初めて聞いた。その言葉。「一人じゃない」って。

 さちは小さく衝撃を受けた。


 それからしばらく、横になったあと、ルームツアーを再会した。

「再会して大丈夫なの?」

「大丈夫、もっとれいらんのこと知りたいし」

「そんじゃあ、再会!」



 再会して最初に入る部屋は、再びトロピカルルームだ。さちは、またたおれんように、気を引き締めた。でも、倒れたっつうトラウマがあるせいか、身体はちょっぴり躊躇ちゅうちょしている。

 さちは小さく自分をはげました。

「大丈夫! 今は自身あんし、さちなら行ける!」

 これにれいらんは言った。

肝試きもだめしじゃないよ?」

「さちにとっちゃあ、肝試しよ。……あんなおぞましい部屋、一瞬見ただけでも危ない」

「人の部屋をお屋敷やしきにしないで」

 れいらんは、さちを目を両手りょうておおった。

「とりあえず、中に入ろう」

 圧倒あっとうされすぎて死なないかな?


「さっちゃん、目ぇ開けるよー」

 パッと、れいらんの目がはなれた。そこは、異国いこくの部屋だ。まるで南国にいるような、全体的に茶色い部屋。家具はどれも、アミアミした木か竹かで作られたもので、天井はプロペラが回っていて、ベッドにはカーテンがついている。そんで、部屋のいたるところに南国って感じの木が生えていた。

「部屋の中に木……」

「ニセモノだけどね。トロピカルっぽいでしょ? バナナ食べるのに持ってこいの部屋さ!」

「まさか、バナナのためにこんな……」

「それもおおいにあるよー。もともとトロピカルとか、東南アジア的なエスニックテイストが好きなんだよ」

「ふーん、れいらんはいろんなもん好きになんね」

「その中でも特に好きなやつだよ」

 こうやってちゃんと見ると、思うてたよりも怖いところじゃない。それどころか、何となく和風とも似ていて、落ち着く。

「ね、怖くないでしょ」

「うん」

「目に優しい色ばかりだからね〜」


 次に入る部屋、ふだに描かれているのは「HOBBYホビー LOOMルーム」。

 中に入ると、部屋はいろんなものであふれていた。テレビ、ゲーム、パソコン、おもちゃ、大量たいりょうの人の置物に、壁にも人の絵が描かれている布が何枚もらされていた。はそこまで高くない本棚ほんだなには、本や漫画まんががズラリとならんでいた。

「ここは、ホビールーム。見ての通り、あらゆる趣味や遊びのものを置いてるんだ。私はアニメや漫画も好きだから、好きなアニメキャラのグッズとか、いろいろそろえてるんだよ」

 好きなキャラか……置物や布を見る限り、れいらんは、高身長で大人びてる感じの人と可愛い子どもが好きみたいだ。特に女性の。


「で、最後の部屋」

 札には、「SPORTSスポーツ LOOMルーム」と書かれていた。

 中を見ると、ヨガのマットや、バランスボール、ダンベル、トランポリンなど、運動に使う道具がたくさん置かれていた。

「ここは、スポーツルーム、外に出なくても運動できるようにしたんだ。夏とか、冬とか、雨の日とかでも、好きな時に運動ができる! これで運動不足が解消かいしょうされるし、体力もつく!」

「そらぁ、いいね」

「さっちゃんも、運動したいときは、うちでやるといいよ」

「運動なら外でやるよ」

散歩さんぽや走るだけじゃなくて、ヨガとか、筋力さんぽつけてたりするのも健康けんこうにいいよ。それに、室内なら、天候てんこうや外の温度とかに左右されないしね。わざわざ有料のジムに行く必要もないしさ!」

「んで、このあとどうすんの?」

 ルームツアーはもう終わった。

「まずは、お昼食べようよ。ちょうどいい時間になったし」

「うん、そうする」

 さちたち二人は、二階の食卓で、昼食にカップラーメンを食べた。


「んで、どうする」

あそぼう! ゲームで!」

 その後、ホビールームで、ゲームをやった。今回やったのは、アクションゲーム。のん子とやったのとはちがうやつ。

 れいらんに遊び方を教えてもらい、一緒に遊んだ。自由度が高いゲームで、釣りや農作業をやったり、なぞのおままごとをしたりといろいろだ。なんでも楽しかった。れいらんは、なんかを楽しむのが得意で、どんな茶番ちゃばんも楽しめた。


 時間なんて、あっという間にすぎていった。


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