れいらん邸のルームツアー その一

 私の妄想もうそう話はさておき、高校生になった毎日は、楽しいことでいっぱいだ。

 私たちの通う、玉繁たましげ高校は、中学校よりも堅苦かたくるしくなく、かなり自由な校風だ。身なりの制限は少なく、学校の運営もほとんどが生徒でおこなわれる。先生もみな、フレンドリーで寛容的かんようてきで、授業も気楽きらくだ。勉強ばっかりではなく、校外活動やレクリエーションも積極的に行われる。

 生徒たちも皆、個性的で、寛容的だ。私は、すぐにみんなと打ちけた。内気うちきな子も多いものの、私にとっちゃあ何の問題もない。私は、話のネタにはこまらないし、人に合わせてリアクションを取るのも得意だ。ほどよく反応をすると、話し手の話もはずんでいく。

 そうすれば、大抵たいていの人とは仲良くなれるものだ。

 高校生デビューは、幸先さいさきから好調だ。のん子からは「人たらし」、さっちゃんからは「道化師どうけし」とよく言われた。かくいう二人も、イベント事には、積極的に参加した。

 のん子の家で遊んで以降、さっちゃんの表情がやわらかく、ゆたかになった。初めて出会った時の、った顔とは打って変わって。

 放課後の、ライブ喫茶きっさでのバイトにもせいを出し、お客さんと積極的に関わるようになった。さっちゃんが前向きになって、私以外の人とも頑張がんばって話すようになった。私としては、複雑ふくざつだけど、感慨かんがい深い気持ちでもあった。まるで、成長した我が子を見守る、お母さんのよう。

 だけど、そのうらでは気を落とし、暗い顔をすることもしょっちゅうあった。私とおんなじだ。

 私は、そんなさっちゃんの頭をでて、言葉をかけた。

「お疲れ、さっちゃん」

 


 れいらんは、最高に優しい。誰に対しても、さちに対しても、寛容かんように元気に振舞ふるまう。ほとけ化身けしんじゃないかって思うくらいに、さちにはまぶしく、とうとく見えた。

 スッポンが見上げる月のように、眩しく偉大いだいで、立派りっぱな存在。でも、れいらんは、さちのごく身近にいた。さちのすぐそばにきてくれて、さちにれたりもする。さちには、それが、たまらなく不思議ふしぎに思えた。ちゅうをふわふわまっているような気分になった。

 れいらんの優しさに触れれば触れるほど、その優しさがどくに思えた。黒砂糖を何袋なんぶくろも食べ続けているような、甘い毒々どくどくしさを感じる。

 とんだひねくれ者だと、自分でも虫酸むしずが走る。

 こんなみにくい気持ちは、絶対にれいらんにさとられたくない。さちも道化師になって、なるべく明るく振る舞った。れいらんのようにはなれないけれど。



 そしてついに、さちはれいらんの家に行くことになった。あんな立派なライブ喫茶を建てれてしまう財力を持った、れいらん家族の家は、どれだけ立派な豪邸ごうていだろう。生きて帰って来られるかもあやしかった。

 行く前日の夜に、メッセージで教えてもらった家を見た時点で、震え上がった。ガチモンの豪邸ごうていや! 本当に生きて帰って来られるか、本気で心配になった。

 

 それでも、れいらんの家には行きたいから、さちは覚悟を固めて、行く決心をした。

 巾着きんちゃくには、花札はなふだと、うめおにぎりのお弁当を入れて、いざ出陣!


 

「おはよう、さっちゃん!」

 れいらん邸に到着した。というか、ライブ喫茶のすぐそばだ。今までは、そんなに気にしてなかったけど、今更気にしてみると、マジでとんでもない家だ。

 さちは、手が震えていた。こりゃあ、武者むしゃぶるいってやつや。

「さあ、紹介するよ! 我が家のルームツアーに、レッツラゴー!」

 れいらんはそう言って、さちの手を引き、家の中に連れて行く。

 生きて帰ってこれるとええけど。

 

 ひ、広い!! そんでオシャ。 一歩中に入っただけで、滅入めいってしまう。


「一階は、洗面所とお風呂と、お兄ちゃんの部屋と、匠悟しょうごくんの部屋があるよ」

「え、玉子たまごPピー、一緒に住んでんの?」

「そだよ。部屋は有り余ってるかんね」

 早々に、衝撃というか、初耳の情報が入ってきた。

「んでここが……」

 れいらんは「MUSICミュージック LOOMルーム」と書かれたふだが下げられた、これまたオシャレな戸を開けた。

 強引ごういんされた形で中に入ると、そこは、音楽に関するものがいっぱい詰まった部屋だった。

 色も形もバラバラの四本のギター、かべり付いたピアノ、堂々と立っているスタンドマイクのかたわらのたなの上には、立派なコンポが置かれていた。壁にも、音楽アーティストのポスターが何枚もられていた。

 そんな音楽部屋の中で、一際ひときわ目をひくのが、なぞの黄色いテントだった。

「れいらん、あのテントは?」

 すると、ちょうどそこで、テントが開かれ、中から玉子Pが出てきた。

「おれの住処すみかだよ」

 玉子Pは、相変あいかわらずのゆるゆるな声で言う。なんかヤドカリみたい。

「なんで、家ん中でテント?」

宿借やどかりにこんな広い部屋なんていらないんだよ」

 三回か四回、瞬きするくらいの間、さちは玉子Pに心を読まれたかと思ったが、こやつは自他共に認めるヤドカリだったらしい。

「おれは、四畳半よじょうはんありゃあ、それで十分。あとは、レイラちゃんの音楽ルームということで」

 このテント、四畳半もあんのか。んで、四畳半があっても、まだ余裕あるこの部屋の広さよ。

「じゃあ、他の音楽関係のもんは、全部れいらんの?」

「全部じゃないけど、大体は」

「おれのもあるけどねー」

 そこんとこで、さちらは、音楽部屋兼玉子Pの部屋をあとにし、上へ行く。

「マスターの部屋は?」

「さっちゃんが見たければ、見せていいけど、何の変哲へんてつのないただの寝室だよ」

「いい」

「そんじゃあ、次は二階だ」

 れいらんにとっては、何の変哲のないただの部屋でも、さちにとっては異次元であることはざらだ。でも、わざわざ他人の寝所しんじょを|見漁《みあ

さ》りたいほど、知りたがりじゃない。


「二階にあるのは、LDKとパパ、ママの部屋だよ」

 これがお金持ちの家の、台所と食卓と、茶の間か。どれも、さちん家のとは比べ物にならない広さ、高級感。あまりに神々しすぎて、目がくらむ。

 

「そして、三階、私の部屋! 四つある部屋、全部が私の部屋なんだ」

 はあ?

 信じられん言葉が、今、さちの耳をよぎった。

「まずは、ここだね」

 まるで、どっかのおとぎ話にありそうな光景だ。

 最初に入る部屋は、戸の札には「TROPICALトロピカル LOOMルーム」と描かれていた。また、札にはバナナの絵がたくさん散りばめられていた。どんな部屋?

「じゃーん、ここが私の寝室、トロピカルルーム!! いかにも、南国なんごくって感じでしょ……って、あれ? さっちゃん?」

 バタッ!

 部屋をのぞいた途端とたん、目には見えない、猛烈もうれつなぞ光線こうせんさらされて、その光線の影響えいきょうか、目の前が真っ暗になり、とうとうさちは、倒れてしまった。

「もう……ムリィ……」

「さっちゃーーん!!」



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