さっちゃんの随筆

『いい? 礼蘭れいら暖手だんで、よく聞いて』

 病室のベッドの中で、私はママにぎゅっと抱きしめられて、頭をでられていた。九年前のこと。私は、小学校に入る前の年頃で、お兄ちゃんも高校生だった。

 ママは、私たち兄妹に言葉を残した。

『優しい人になりなさい。思いやりの心を持って、どんな見た目や性格、立場の人でも、家族のように大切に思い、傷つけてはなりません。

 人が嫌がることをしてはいけません。人にされて、嫌だったことは、人にしてはいけません。

 もしも、困っている人、弱い立場に立たされている人を見かけたら、その人の心に寄り添って、味方になってあげなさい

 それから……一度きりの人生、一分一秒を、悔いないように、生きなさい。感謝の気持ちを忘れずに……』

 それから、ママは、私に、お兄ちゃんに、パパに、それぞれ感謝を伝えた。

 間も無くして、ママの生命いのちの灯火が途絶えた。私を抱きしめたまま、魂は空へ旅立ったのだ。

 私は、ショックと悲しみで、連日涙が絶えなかった。

 小学校の入学式も、周りの子には母親がいるのに、私にはいないのがたまらなく悲しかった。


 ママが最期にのこしたこの言葉は、絶対に忘れない。ずっと、ずっと、永遠に。


 人は皆家族。大切に思い、傷つけてはいけない。弱き人の心に寄り添い、味方でいること。


 そうだ。みんな、大切だ。さっちゃんも、のん子も、花日先輩も、みいんなだ。


 そう思い、今後も変わらず、明るく振る舞おうと心に決めた。

 のん子とさっちゃんが仲良くなったことにより、学校の昼休みには、私と花日はなひ先輩も含めた四人でお昼を食べるようになった。食べる場所は、屋外が多い。

 みんなの昼食は、私はお兄ちゃんのお手製のお弁当。栄養満点でとっても美味しい。のん子は、栄養補助のあの食品。いかにも現代の若者って感じの昼食だ。

 花日先輩は、サンドイッチにいちご。お手軽ながらにオシャレ。さっすが先輩だ。

「先輩のお弁当、オシャレ!」

「うふふ、ありがとう。礼蘭のには負けるけどね」

「そりゃあ、お兄ちゃんはプロですから」

「おい、マウントかよ。少しは謙遜けんそんしないのかなー?」

 言語道断。お兄ちゃんを謙遜するなど、もってのほかだ。絶対するものか。

 そしてさっちゃんのお弁当は、いかにもさっちゃんらしい、レトロなものだ。日の丸ご飯にお漬物つけものとおそらく野草の天ぷらと茶色い何かだ。

「さっちゃん、この茶色いの何なー?」

 のん子がたずねた。

佃煮つくだに

「何の?」

「秘密」

何故なぜに?」

「たぶん悲鳴あげんから」

「えっ!?」

「食べる? 佃煮やから甘いよ」

 誰かが悲鳴をあげたくなるようなものをすすめるさっちゃん。私は、さっちゃんから目をそむける。悲鳴をあげたい気分だ。

「食べればわかるかなー」

「オレも食べてみるわ」

「はい、のん子」

「センキュ」


『おいしい!』


 私は耳までふさいで、ふるえていた。

「でもこれ……エビ?」

「エビっぽいわね」


「れいらんも食べる?」

「絶対イヤだ」

 どうして私にも勧めるんだ。

「エビの仲間よ。甘うておいしいよ」

 絶対、悪意がふくまれている。

「それ、陸で捕ったやつでしょ!?」

「リクエビよー」

 白々しい。

「絶対食べないからね!!」

 私はさっちゃんに背中を向けて、食べた。

「……わかったよ」

 ここまでのやりとりで、先輩とのん子は、自分らの食べた物の正体がわかったようだ。

「もう」



 昼食を食べ終わると、さっちゃんは、他三人に話を切り出した。

「さちね、お金持ちなりたいんやけど、どおしたらいい?」

 それは、私とさっちゃんが出会った時に、言っていた、さっちゃんの願い。

「さっちゃんの夢だね。本格的に動き始めるんだ」

「うん。だいぶ自信出てきたし、仲良い友達もできたし、そろそろいいかと」

「どうして、お金持ちになりたいの?」

 花日先輩が尋ねた。

「さちの家は、貧乏びんぼうで、お母ちゃんが毎日たくさん働いてて——さちがお金持ちになれば、お母ちゃんももっと楽になって、妹の梅巴うめはに欲しいものとかたくさん買ってあげられるし、さちが夢見る生活も叶うし」

「どんな生活がしたいなー?」

 次はのん子が尋ねた。

「考えたんだー。縁側のあん、畳の家で、ゴロゴロすんの。庭にははらっぱや池があって、自然がすぐ近くにあんの。そんで、取れた野菜を料理して、お食事どころ振舞ふるまうの」

「お食事処!?」

「うん。さちは、料理すんの好きやから、お食事処やんのがええかなって」

長閑のどかな暮らしね」

「うん、さちは、のんびりしたんが好きなんや!」

「いいね、いいね! 人生、好きに生きるのがイチバンだよ」

「そんで、どうやってお金稼いでいけばいい?」

「さっちゃんが、現時点でできることは、バイト代の貯金と、投資ぐらいかなぁ」

「うん。投資はむずそうだし、やめとくけど、バイトだけじゃなうて、他にも収入源があんたら、もっとたまるやん?」

「なるほど!」

「いい案ない?」

 さっちゃんは皆に問いかける。ハイっと、手をあげたのはのん子だ。

「日記書くのはどうなー? ウェブサイトでなー」

「日記?」

「清少納言とか、兼好法師みたいに、その日あった出来事とか、今自分が思うこと、好きなものや苦手なもの、将来の夢や不安に思うこととか、何でも」

「たくさんの人が見ているネット上でなー。それで、バスれば、書籍化とかメディアに乗ったりして、収入がもっと上がるかもよ」

「でも、さちの日常で喜ぶ人なんているのかな?」

「私は嬉しいよ。さっちゃんのことがもっと知れるもん!」

「他人の日常や考えてることを覗いてみたい人って、けっこういるものよ。だからこそ、枕草子まくらのそうし徒然草つれづれぐさ方丈記ほうじょうきは、千年もの間、たくさんの人に読みがれてきたのじゃない?

「うんうん!」

 皆の言葉を聞いて、さっちゃんは微笑んだ。

「ありがとう。やってみるよ!」



 夜の空いた時間に、さちは携帯をぽちぽちし、れいらんに勧められたウェブサイトで、随筆ずいひつを書き始めた。サイトでの名前は『さち』だ。

 まずは、さちの好きなものをつらつら書き連ねていった。


『さちの好きなもの』

 さちの好きなものは、和。お家のゆかは、つるつるした木やじゅうたんよりも、たたみが好き。

 ベッドよりも、お布団ふとんが好き。

 パンよりもご飯が好き。

 ご飯の上には、梅干しが至高しこう。日の丸が一番まぶしい。

 日の丸のそばには、お漬物とお味噌汁みそしる。お味噌の中には、わかめとおふ。

 野草がとれた日には、それもお味噌にいれたり、天ぷらにしたりする。

 リクエビがとれた日には、甘い佃煮つくだににする。

 甘味には、果物。それから、さつまいもにとうもろこし。これらは、たまにのアメちゃんだ。

 あと、今ではウエートレスとして働いている、喫茶きっさ店のオムライス。あれは、キラキラ輝く黄金だった。

 衣も、和の服。紅梅の赤色で、髪の毛はおかっぱ、レトロ時代の最先端。かんざしがさせないのが難点だけど、オサレ。

 好きな柄は、小梅柄。好きなお花は、梅以外にも、カタバミ、たんぽぽ、せり、ナズナ。花じゃない植物だと、つくし、ヨモギ、オオバコとか、フキとか。

 好きなお遊びは、花札。花札でいろんな遊びを考えて、家族や友達と遊ぶのは楽しい。あとは、お手玉、妹とお人形で遊んだり、万華鏡まんげきょうのぞいたり、ゆかでゴロゴロしたりする。まったりするのは最高だ。

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