趣味シンガー
「ご
オムライスも、ナポリタンも完食し、お代を払って店を出る。結局、お兄ちゃんは何も言わなかったな。気ぃ使っているのだろうか。私のせいで、お兄ちゃんが迷惑こうむったのなら、申し訳ないなぁ。
お母さんも、お父さんもいない中、私の第一の保護者はお兄ちゃんだ。
「あ、
一個目のドアを通ったところで、追いかけてきた
「ダンデがいわないからおれがいうけど、じつはキミが来るけっこう前に、学校から電話来たんだよ」
————やっぱり。
「あのスマイルくんがめずらしくフオンな顔になって、頭をさげてあやまってたから、気になって聞いてみたんだ」
「……そうなんだ……」
そうだったんだ。真実を知って、
私は、階段をのぼる最中で立ち尽くし、うつむいた。ボロボロと涙が出てきた。
「……わたしは……どうしたらよかったの……?」
わたしはなにをまちがえた? わたしの中では、ただしい選択をしたつもりだったのだけれど、どうしてこんなにもツライの? どんな選択をすれば、ツライ気持ちにならなくてすんだの?
「人生ってしんどいね。のぞんでもいないのに、
そんなに
う〜んと、この世界にはたくさんの人がいて、おれみたいなヤツもいれば、ちょっと信じられないけど、おれとは真逆のヤツもいるみたい。
んー、だから……えっとぉ、まぁ、気楽に生きたっていいんだよ。
たとえ、この世でドベっちになったとしても、どうせあとには残らない。
自分で自分を傷つけんのはごめんだけど、たとえ、明日死ぬとなったとしても、まぁ、いいか。って、思えるくらいの、ほどよい生活が一番だよねぇ」
彼の言葉には、まったく力がこもっていなかった。文頭や文末がふわふわしていた。私とのギャップの大きさに、つい呆れて、後ろを振り返った。涙も引っ込み、苦笑いを浮かべる私に、彼はニヤっと少し口角を上げて、「またね」と喫茶の中へ入っていった。
不思議な人だな。でも、不思議と、身体が軽くなった。そのまま家へ帰った。
私は一体、どう生きよう。
やっぱりこの課題は、なかなか
帰宅後は、特になにもやる気が起きず、お気に入りの音楽を聴きながら、ベッドに仰向けになった。
目を閉じて、音楽を聴くことだけに集中した。
今聴いている曲は、ライオン
「爆烈ロック」という名のこの曲は、ドラムやギターの
さすが、音楽に一点集中してるだけはある。
その後は、テキトーに
「
お兄ちゃんの右手には、私が学校に置いてきた通学用リュックが……。
それを見た私は、
「こ、この度は、多大なるご迷惑をおかけしましたあ!!」
「……顔をあげな、
お兄ちゃんは、腰を低く下ろして、私に言った。私は、顔を上げて答えた。
「……想定というか、万が一の事態に
「万が一の事態」が、ホンモノの現実になってしまった。
「相当、ビビってたんだな」
許されないことだよなぁ、これをネット上で発信しようものなら、一瞬で荒れ狂い、世界中を敵に回すことだろう。
あぁ、どうしよう。
うつむかずにはいられない。とても上なんて、見られる状態じゃない。今の私は、とても
するとお兄ちゃんは、私の顔に手を伸ばしてきて、あごをクイっと上にあげた。
「だから、顔あげなって。俺は怒ってないからさ」
「え……」
「俺がイチバン見たいのは、礼蘭の笑った顔だから」
そう言うに合わせて、お兄ちゃんはにっこりと笑った。
「最近の礼蘭は、ぶっ通し何か思い悩んでるよね。いつまでも、そんな顔されるくらいなら、逃げてくれた方がずっといいよ」
「わーー!! お兄ちゃー-ん!!」
マジで神なお兄ちゃんに、私は
「よく
常識を
私は私を許せるだろうか。法は犯していないけれど、非常識な、「今の自分を愛したい」私を。
「礼蘭、今夜のライブ、良かったら出てみる?」
「え、ライブ? いいの?」
「うん、今日は
「歌うだけって、間奏中とか、どうするの?」
「テキトーにノっとけばいいじゃん」
「えー、でもでも、ステージで歌うなんて、初めてだし」
「初めてにビビってたら、何にもできないよ。礼蘭は、度胸あんだから、大丈夫!」
ん、今のそれは、
「……まあいいや、やってみるよ」
「それでこそ、礼蘭だ」
『さっちゃん、私今夜、歌手になるんだ!』
すぐに返信が来た。
『えー、れいらんが?』
『そうよ! 今夜のライブに少しだけ出してくれるんだって。さっちゃんも来てみてよ」
『でも、さち、夜に
『一緒に来ればいいよ。お兄ちゃんのライブ喫茶は、未成年にも優しいから、小さい子どもでも大丈夫!』
グッド!
『ええよ』
やったあ!
「なんこれえ!! たっかあ!!」
店内に響き渡る叫び声。メニュー表を見たさっちゃんは、目を丸くして驚いた。
本格的にライブ喫茶となる午後六時、その十五分前から、メニューの値段が引き上げられる。メインメニューは、プラス千円。サイドメニュー、デザート、飲み物は、プラス五百円が足される。足された分の収益は、ライブ喫茶側の収入はもちろん、出演したアーティストやライブを運営する、
昼間は
私は、ライブのオープニングを任された。中々
ライブ喫茶に来てくれた、さっちゃん姉妹に挨拶をして、いよいよステージへ。私のアーティスト名は「
「ガンバレ、れいらん!」
「れいらちゃーん!」
「初めまして、レイラです。急きょ歌わせていただくことになりました。歌う曲は、今私の中で、急上昇のトップに
会場は拍手と歓声に包まれた。ちゃんと歌い切ることができた。
「ありがとうございました! レイラでした!」
そう言って、私はステージをはけた。
この私が歌う側! お客さんの前で、私の歌を
も、ドキドキは止まらなかった。
「おまた」と、さっちゃん姉妹のところに戻ると、二人だけでなく、他の常連さんからもお褒めの言葉をいただいた。私は素直にほほをゆるめた。スターってのも、悪くないかも。
その後は、バナナスムージーを飲みながら、ライブを観た。さっちゃん姉妹は、梅巴ちゃんがまだ
「またね〜」
ライブが終わった午後九時。私も眠くなってきた頃だ。客の数は
「礼蘭ちゃーん、おつかれぇ」
仕事を終えた匠悟くんがやってきた。
「匠悟くんも、お疲れさまです」
彼は、
「とても楽しそうに歌ってたねぇ」
「緊張でガチガチになったってしょうがないですから」
「そう言う匠悟も、いつもより気合入ってたな」
マスターのお兄ちゃんが言った。
「まあ、ジブンの楽曲だからねぇ。タショウのこだわりはもつよ」
はは、すごい。私の中の人気アーティストランキングの首位に
「ねえ、礼蘭ちゃん、本格的にシンガーになってみない?」
「え?」
「一度興味を持ったものは、どんどん突き進んでいけば、予想外の未来がやってくるってものさ。それに、ナマのシンガーを身近に持てば、おれの音楽の
なるほど、後者が目的か。……私が、ライオン玉子の一部になるってこと?
「まあ、武道館なんて目指さなくてもいいからさ、ここで気楽に歌っていきなよ」
珍しく匠悟くんが前のめりだ。
「……まあ、それぐらいならいいですけど」
あんまり人気スターになっても、
「おれがいろいろサポートしてやるよ」
これは心強い。
こうして私は、本格的にシンガーデビューを決めたわけだが、武道館もアリーナも目指さない。ただの趣味シンガーだ。
翌日から私は、学校に行くのをやめた。とてつもなく行きづらいからだ。代わりに自部屋にこもって、浪人生の
でも、一日の全ての行動が、私の
放課後になれば、ライブ喫茶に行って、スタジオで歌の練習をしたり、ステージの上で歌ったりもする。
休日になれば、さっちゃん宅へお弁当を届けにいく。ついでに、勉強して得た知識のお話もした。
こうして、マイペースな修行の日々を重ねて、中三の残りの時間を潰した。高校については、前々から考えていた、
高校からは、さっちゃんと同じ学校に通える。春が来るのが待ち遠しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。