男装

 帰宅して、真っ先にマイルームのマイベッドにダイブした。そのまましばらくの間、傷心にひたった。


 お兄ちゃんに会いたい。ライブ喫茶に行きたいところだが、それも、今となっては怖い。本来なら、私は今、学校にいるはずだからだ。

 さすがのお兄ちゃんでも、怒るだろうか。お兄ちゃんにまで怒られてしまったら、いよいよ私は、行く場所がなくなってしまう。いや、まだアテはあるか。

……私は、他人に甘えすぎかな?


 あっ、そうだ。アレが使える。「アレ」とは、私のお得意芸、男装だ。

 私はクローゼットを開き、着替えた。言っておくが、私のする男装は、“王子様系男子”とか“中性的男子”とか、ああいう生っちょろいもんじゃない。私のは、ガチだ。ガチのオトコだ。

 制服から、ブラウンスーツに着替え、短髪のウィッグを被り、鼻下と口下、あごにヒゲをつけて、黒縁の四角い伊達だてメガネをかけて、スーツと同じブラウンの中折れハットを被り、喫茶店に行くにふさわしい漢の出来上がり。

 さっちゃんなみの偏見だが、これでライブ喫茶へ、レッツゴー!


 

 時刻は昼飯時を指している。オレの腹時計がそう言っている。新しい刺激を求めて、たまには見知らぬお店に入ってみるのも良いだろう。


 ここにしよう、『ライブ喫茶 ダンデ・ライオン』。ライブ喫茶とは、珍しい。飯を食いながら音楽が聴けるのか。

 

ちりーん。ちりーん。


 今は、ライブはやっていないようだ。昼間はただの喫茶らしい。

「いらっしゃいませ」

 思いのほか、店主は若かった。店主は、カウンターの前に座る、知り合いらしい四人の女の客らと話をしていた。その女たちとオレ以外に客はいないようだ。

 オレは、店主や女たちと距離をとり、カウンターの一番はじの席に座った。

「ご注文はなんなりと」

 この店主、若いわりに肝が座っていた。女たちの話にも、さほど表情を変えず、笑顔で応接していた。端麗たんれいな顔にこれとは、そりゃモテる。

 ムフフ〜。


 ああっ、さてと、オレはメニューを開いた。腹が空いたし、ガッツリ食えるものが良いだろう。メインメニューは、パスタ類と、オムライス、カレーライス、ピザトースト、エッグトースト、バナナサンド。おおよそ、喫茶の王道メニューといったところか。

 ——いつもの私なら、バナナサンドを頼むんだけど、大の漢はそんなの頼まない。きっと。それにお腹ペコペコだし、ガッツリ食べたい。

 そして、飲み物は無論コーヒーだ。

 ——いつもなら、無論バナナスムージーを頼むが、さすがにバレる。コーヒーは苦手だが、大の大人は喫茶に行けば、コーヒーを頼む。

「マスター、ナポリタン一つとオムライス一つ、コーヒー一杯」

「かしこまりました」

 注文を受けたマスターは、即調理に取り掛かった。手早い!

 ……。

「こちら、当店オススメのバナナスムージーでございます」

 私、コーヒー頼んだよね!? 客が頼んでないものを頼むなんて、店主の風上かざかみにも置けない


 ……まあいい。間違い一つで文句れるなんて、幼稚ようちなこと、オレはしない。


 ちゅー。バナナうまぁ〜。


「お待たせしました。オムライスとナポリタンでございます」

「……ありがとう」

 オレはまず、オムライスから手をつけた。赤と黄色で色あざやかなそれを、じっとながめた。でっぷりとつややかな黄色は、ともすると金のインゴットのように思えた。少ししい気持ちになりつつ、銀のさじを手にそれをいただく。

 美味い。味わうのもほどほどに、手早くしょくを進めてゆく。


 ふふふーん ♪  オムライスというものの価値を、改めて再確認した。おいひ〜。


 つん、つん。


 誰か、私のほっぺをつんつんした。誰と言っても、一人しかいないけど。

 いつの間にか、目の前にはマスター(お兄ちゃん)がいた。こちらを見て、ほほえましに笑っていた。

「なっ! なんだね、急に! あの人たちは?」

「帰ったよ。代わりに、匠悟しょうごがいるけど」

 ウソ!? 全然、気づかなかった。さっきまで、お姉ちゃんたちがいた席には、一人ぽつんと、男が顔をテーブルにつけ、背中を丸めて、座っていた。

「あいかわらずキミらきょうだいは愛がふかいね〜」

 彼は、宍戸ししど匠悟しょうごくん。例の燃え尽きてしまった、お兄ちゃんの友達だ。引きこもりになって、高校を中退したあとは、唯一、好きで得意な音楽に全心血しんけつそそいで、今では音楽の神にまで上りつめた。ここのライブ喫茶の、ライブ面で大きくうでをふるっている。ここ以外では、ボカロP として、我が国のヒットチャートをにぎわせている。

 このぐでぐでっぷりからは、とても想像つかないが。

「なっ! 誰がきょうだいだ! このマスターのことは知らんぞ!」

「もう、バレバレやって、礼蘭れいら

 バ……バレてら。

 名前を呼ばれてしまった以上、私の負けだ。堪忍かんにんして、ヒゲを外した。

「……いつからわかったの?」

「ハナっからだよ」

「え、ウソ!?」

 そんなに、私の変装バレバレだった!? 鏡で見たときには、完璧だと思ったのに……。

容姿ようし変えたくらいで、俺をあざむけると思ってんの?」

 ううぅ……、そうか、お兄ちゃんには、変装は通用しないのか。


 ——————。


 そう思うと、次第しだいに、胸がじーんとあつくなった。そのまま、続きを食べ始めた。


「まったく、ダンデはシスコンだねぇ〜」

だまれ」

 

 ずっと気になっていることだけど、お兄ちゃんは何も言ってこない。

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