理想のジブン

 家に帰ってすぐに、お金の勉強を始めた。まずは動画サイトで「お金持ちになる方法」「一億円稼ぐ人」と検索して、出てきた動画をいろいろ見まくった。

 投資、株、資産、FIREなどなど、うっすら聞いたことがあるけれど、よくは知らなかった単語。その意味や仕組みを、今改めて学んだ。

 新たな世界が開かれた。私は軽く衝撃を受けた。日をまたいでも、授業が終われば即帰宅し、スマホを開いて、本の要約動画、億どころか兆を稼ぐ世界の大企業の創業者の偉人伝の動画なんかを見まくる日々が始まった。勉強するのが楽しくなったのだ。新しい世界が次々に開かれていく過程が、たまらなく面白かった。

 それ以前の私は、特にハマっているものもなく、てきとーに友達とつるんで、ラノベ、マンガ、音楽なんかは、友達にススめられたモノ、SNSで流行っていると話題のモノを見聞きしていた。

 それらが悪かったわけではない。むしろ、どれもが素晴すばらしいシロモノだった。

 でも、特別グッと、ガッと、ハマりこんだことは、特になかった。友達や世間の人と一緒になってワイワイしてただけだった。

 さっちゃんと出会い、勉強を初めて以降「もっといろんなことを知りたい」という欲が尽きず、それを何よりも優先した。と言っても、学校には行ったし、宿題もちゃんとやる。それ以外、興味関心のある勉強に集中した。今まで断ったことがなかった、学校の友達の誘いも一切断り、一日中勉強ばかりの日々。

 さっちゃんとの交流以外だ。


 ピーンポーン!


「はあい」

「やあ、さっちゃん」

「れいらん」

 私は、あの日の翌日、さっそくさっちゃん宅にお邪魔じゃました。ちゃんとアポは取っている。

「こんちゃ〜」

 さっちゃんのすぐ後ろに、幼い女の子が立っていた。言わずもがな、妹ちゃんだろう。

「初めまして。私は、礼蘭れいら。お姉ちゃんの友達だから、よろしくね」

「よろしゅう」

 かわいい。人懐ひとなつっこい子のようだ。見た目の雰囲気は、お姉ちゃんと似ているが、服装は、さっちゃんよりかは洋服に近い。スカート甚兵衛じんべえといったところか。トップスはスカートにインしていて、洋服を着る周囲の中に混じっても、たいしてはみ出しすぎない。

 髪は、ボブのツインテール 。とってもかわいい。

「お邪魔します」と入った部屋は、ほっこりするような和の部屋だった。

 私がさっちゃん宅にお邪魔した理由は、さっちゃんと妹の梅巴うめはちゃん、そしてさっちゃんママに、お弁当を届けるためだ。


 昨夜、勉強のかたわら、お兄ちゃんと協議した。どうやってさっちゃんの家族を助けようかと。

 真っ先に言った「お金の支援」は、オススメしないと却下された。人にお金をあげすぎると、向こう負担で税がかかること。それに、突然現れたお金持ちに、突然大金を贈られるというのは、さっちゃんママからすれば、怪しい以外の何者でもない。

 故に、お金以外の物で支援しようということになった。お兄ちゃんが言ったのは「食の支援」だ。料理が得意なお兄ちゃんが、土日祝日にお弁当を作って、それを私が届けるというもの。食の支援までは、税はかからないだろうから、私は即賛成した。


 こうして「弁当支援案」が可決され、今私が届けに来たのだ。

 そのついでに、昨夜勉強したお金の知識を、さっちゃんと梅巴ちゃんに話した。

 さすがに梅巴ちゃんは、ピンとこないだろうが、さっちゃんは目を丸くして聞いていた。


 そののち、一緒にお金持ちになるための計画を立てた。お金の知識をメモするノート、「富豪ノート」を使ってやった。

「さっちゃんは、一億稼いだら何したい?」

「んー、美味しいもんいっぱい食べたい」

「他には?」

「んー、特に……ない。今ん生活で、十分だし」

 無欲な子だ。

「綺麗な着物が着たいとか、もっと大きな家に住みたいとか」

「着物はこれ気にっとるし、大きい家は掃除めんどそうやし」

「……リアルをいうとね、食べたいだけなら、年収一億もいらんのよ」

「れいらんは、何かなんの?」

「私は……ないなぁ。特に熱中する趣味もないし」

「そんなら、お金持ちになる必要はない?」

「まーそーだねー」

 ……。


 こうして、私たちの「お金持ちになる」という夢は白紙になり、てきとーに進学して、てきとーに就職して、ほどよい幸せを噛みしめながら、何十年を生きていったのだった。【完】。 


 いやだぁ!! そんな無味無臭のつまんない人生なんてー!!


「さっちゃ〜ん、何かないの? 理想の暮らしとか」

「理想ねぇ。……自然豊かな田舎でねぇ、縁側えんがわあるお家でのんびりしたい」

「そりゃ〜、いーねぇ〜」

「お家の真ん中には、囲炉裏いろりがあってねぇ、お魚焼いたり、お鍋作ったりすんの」

 日本昔話のような暮らしだ。

「たしかに、そういうの憧れるね〜」

「お庭は畑作ったり、野原も作ったりして、お野菜とか野草摘んで、ご飯にしたり」

「うんうん」

「虫がよってくれば、捕まえて佃煮にしたり」

「それはイヤだ」

 虫は絶対イヤだが、さっちゃんが語る理想の暮らしは、本当に理想だと思った。


「れいらんは、理想の暮らしあんの?」

 さっちゃんは、私に尋ねた。私は困った。これといった “理想の暮らし” というものがない。さっちゃんの理想のように、おもむき深い和の暮らしもいいし、お城じゃなくても、ヨーロッパな家に住んで、洋のオシャンな暮らしだって憧れる。何か趣味にのめり込んで、それにドーンとお金かけるのも面白そう。タワマンの高層階に住んで「THE・お金持ち」な生活を送るのもロマンだろう。どんな暮らしも良いから、決められない。

「理想ねぇ」

 一番最悪なのは、迷いに迷って、結局何にもなれずに終わってしまうこと。だから何かは絶対に決めなければ。

「何がいいかなぁ」

「梅巴は、お金持ちなったら、どうな暮らししたい?」

「んーと、おはなでいっぱいのおうちにすみたい」

「いいねぇ! お花も食べれるのあんし」

「おねえちゃん、おはなたべんでよ」

「たんぽぽとか、野草のお花、よく食べてんやん」

「そうやけど、ばらとか、ちゅうりっぷとか、きれいなおはなだよ」

「たんぽぽもきれいよ。でも、バラも食べれんのかな?」

「観賞用のお花は食べちゃだめだよ」

「そうなん?」

「食べる目的で育てられてないから、有毒な薬とかたくさん使われてるんだよ」

「そうなんだ」

 さっちゃんは知らなかったよう。危ない。さっちゃんなら、観賞用も平気で食べそうだ。経済的に買う余裕はなさそうだけど。


 お金を貯める目的としては、さっちゃんの理想を叶えるためと決まった。

 どうやってお金を稼ぐのか、方法を考える。

「といっても、お金の勉強は、昨日始めたばっかで、まだよくわからないから、まずは勉強だね。勉強して、知識を蓄えて、これで充分だってなるくらいになったら、また立てよ。さっちゃんも、貧乏から抜け出したいなら、お金についてちゃんと勉強して、正しい知識をつけるのがいいよ。そんで自力で、脱出するの。そしたら、お金持ちにイッキに近くから」

 私はさっちゃんに、動画サイトのオススメ動画を教え、さっちゃん宅を後にしたのだった。

 帰宅の道中、私は将来どんな自分になりたいのだろうと、あれこれ考えたが、結論なんて出なかった。私は一体、何を求めているのだろうか。


 それから私は、勉強をしまくった。お金の勉強はもちろんのこと、私が興味を持つ、西洋の文化、歴史、宗教についての勉強や、洋楽ようがく邦楽ほうがく、ジャンルを問わず音楽を聴いて学んだり、さっちゃんと出会って興味を抱いた、植物のこと、他には、ファッション、服飾の歴史や、占い、心理学、色彩、リラックス系のセラピーなどなどなど、多岐たきに渡る。

 私は完全に広く浅くを行くタイプだ。

 やがて、ハッと思いつき、記事を書いて投稿するサイトに、書いてきたメモを記事に直して投稿した。それで評判になれば、将来の可能性は広がるだろう。……いや、広く浅く行くタイプじゃ難しいだろうか。

 しかし、夢中になるものができると、好きで行っているわけじゃない、学校という存在はうとましく思える。私は実は、人に命令されたり、自分の行動が制限されるのは、あまり好きではないみたいだった。

 さっちゃんと出会う以前の私は、……なんだろう、高身長を除けば、絵に描いたような “イマドキの女子中学生” だった。リア充キラキラ系女子の一員になって、学校でも学校外でも、常にその子たちとつるんで、話題のお店の話題の食べ物やドリンクをかって、写真を撮っていた。

 字面だけを見れば、リア充だ。しかし、本当に満たされた日々だったかと聞かれれば、頭を縦に振ることができなかった。心は満たされていないと感じていた。友達と歩幅を合わせて、空気を読んで、心の声とは全く別の行動を取っていた。心はモヤモヤしっぱなしだ。

 お兄ちゃんからも、「量産型」と言われてしまった。中三になって、将来のことを考えた時に、「このままじゃダメだ」と思い、遠い神社に参拝した。

 そして、新しいご縁と出会った。

 さっちゃんは、何よりも自分の心を優先にして生きている子だ。小さい割に、はがねの心を持っていた。無難ぶなんな色味の洋服が主流しゅりゅうの今の時代で、梅の花柄の赤い着物を毎日着続けている。着物以外のアイテムだって、みんな和テイストだったり、ノスタルジーを感じる物だったりだ。本当に、昔の時代の子どもである。

 さっちゃん鋼の心は、家でも学校でも関係なく発揮はっきされる。もちろん、私はさっちゃんの話を聴いた限りだが、それでも私には衝撃的な内容だった。

 私は、さっちゃんを尊敬した。その鋼の心がうらやましかった。……羨ましいってことは、私もさっちゃんのように、心のままに生きたいということだろうか。……私も、さっちゃんのように、自分の心を大切にして、活きて生きてゆきたい。

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